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iPS細胞 森口事件と研究費のありかた [サイエンス]

iPS細胞を使った虚偽手術が話題になっており、森口尚史氏の研究費が問題になっている。森口氏の研究費というより、森口氏周辺の研究費と言うほうが適切だ。森口氏は「研究代表者」ではなく、「研究分担者」になっているからだ。

森口氏が東大特任教員などと名乗っている理由は、彼が月給50万円で東大に雇われていたことによる。「特任」というのは、特定の研究任務ということで、東大が外部から取ってきた臨時の経費で給料が支払われていることを示している。どうして、こんな人が東大特任教員になれたかを不思議がる人もいるが、不思議でもなんでもない。

何年か前に規制緩和で研究費が人件費に使えることになったのがそもそもの始まりだ。月給50万円というと多いように見えるが、保険や通勤費などを含んでの総額だから実質はそう多くない。家賃6万円のアパートに住んでいるのも不思議ではない。誰が彼を雇ったかというと三原誠という助教の立場にある人だ。森口氏は特任助教授を名乗ったこともあるが、多分そのときは雇い主が教授だったのだろう。現在の雇い主は助教だから特任教員とでも言うしかない。

三原誠氏は厚生省から1億6380万円の研究費をもらっている。1億6380万円はやはり大金であり、助教というのは大学では一番下のポストだから、配下もなしにこの研究費に見合う成果を出すのは大変なことだ。ありあまる研究費がある場合、年600万円で、一応自分で論文を書くだけの能力を持った人を雇えるのは安いことになる。成果として発表できる論文の数が二倍になるのだからありがたい。森口氏はむしろ貴重な存在だったのだ。多少の”うさんくささ”には目を瞑る気になったはずだ。

ではなぜ、三原氏にこのような大きな研究費が出たのか? バイオバブルといわれる現象があり、バイオとかiPSとか言えば研究費が沸いてくる。 もともと大学の研究費は講座費などと言われ、全国の大学に均等に配分されるものが多かった。ところが、次第にメリハリをつけることが行われだし、「競争的資金」といわれるものが今ではほとんどになっている。研究者は皆、研究計画を作って資金に応募しなければならない。応募書類を作る労力たるや大変なもので、本来の研究に使う時間もなくなる。だから研究費で雇える人はさらに貴重だ。

メリハリを付けると言えば聞こえが良いが、研究というのはやって見なければわからないし、失敗の連続なはずであり、計画書を出せといわれても、結局は作文でしかない。アイデアなどと言っても研究を始める前に出せるものはたいしたものではない。結局、これまでの実績や、風評、所属機関のネームバリューで研究費の当否が決まっているのが実情だ。官僚がメリハリに口を出せば、当然世間的に注目される分野に集中して金をばら撒くことになる。バイオが流行ればバイオに資金が集中し、ナノが流行ればナノに資金が集中する。東大の看板がある三原氏が森口氏を研究分担者にして論文数実績を増やせば当然大金が舞い込むわけだ。森口氏に学位を与えた児玉龍彦教授などは28億円も、もらっている。研究費がこういった所に集中するから、逆に地方大学の地道な研究は日の目を見ることがなくなる。

他にも森口氏を分担者にしている慶応や杏林の研究者もいる。三原氏が森口氏を東大の所属にしているから森口氏を入れれば、東大の看板がついて、資金を獲得しやすいと言う思惑も少しあるだろう。森口氏の論文共著者になっていたことであわてている御仁も多い。論文の中身も見ずに、共著者に納まって平気だったことの表れだろう。その論文に対してなんの貢献もないのに、義理やその他の配慮で共著者にするということが蔓延している。「成果」が少しでも多ければそれだけ、資金獲得がやりやすいからだ。

研究費から人件費を支出できるようにした規制緩和の罪は大きい。人を雇って研究させることができれば、研究は事業でしかなくなる。自分の能力とはかかわりなく、多くの人を雇い多くの成果を出せば、さらに大きな研究費を獲得でき、さらに多くの成果を出して出世につながる。大学で出世しようと思えば、事業家にならざるを得ない。一流の研究者には才能がいるが、ハッタリを効かせて、宣伝できればだれでも研究事業家にはなれる。

研究者を研究費で雇うから、森口氏のように、あちこち研究プロジェクトを渡り歩く人も出てくる。森口氏のような立場から、マスコミ受けする「成果」の宣伝に成功して、大学に正規のポジションを得た人も実際にいる。森口氏もアメリカでハッタリをかまして一旗あげようとしたのではないだろうか。年齢的には、そろそろ追い詰められており、あせったために大事になってしまったということだろう。

こういった研究費連鎖が日本の科学をだめにしていく。ウソでも何でも論文にさえすればよいというところまで行き着いたといえる。今回の森口事件は起こるべくして起こった事件でもあり、氷山の一角でもある。


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