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あえて言うあんたらアホの集まりだ-----目に余る政界劣化 [政治]

昨今の安倍政権の驕りと傍若無人振りはひどい。国会でどれだけ嘘をついても平気、真実が明らかになっても絶対に嘘を認めない、昨日言ったことを舌の根の乾かないうちに覆す、自らの説明責任を相手の責任にすり替える、肝心の質問に答えないで関係のないことを長々と喋る...などなど、今国会の安倍政権の振る舞いは、日本の憲政史上空前の汚点を残したといっても過言ではない。

こうした国会の汚点を数の力で押し切っているが、その数を構成しているのが劣化した議員たちだ。政治家として最低限必要な倫理感覚がない国会議員が続々生まれてくる。もう土壌が腐敗してしまっているとしか言えない。その典型が「安倍チルドレン」といわれる自民党当選2回組だ。既に発覚したものだけでも、以下のように枚挙の暇もない。

武藤貴也(滋賀4区、未公開株絡みの金銭詐取で離党)
宮崎謙介(京都3区、育休取得を表明しながら不倫で辞職)
務台駿介(長野2区、政府職員にオンブで被災地視察)
中川俊直(広島4区、重婚容疑や不倫、ストーカー行為)
大西英男(東京16区、がん患者は「働かなくていい」)

それに加えて今回の豊田真由子(埼玉4区)だ。罵詈雑言の激しさは常軌を逸している。尋常のキャラクターではない。やはり人格破壊の病気だというしかない。国民を代表して政治を議論するなどというレベルからは程遠い。

本来、民主主義はこういった愚劣な議員を国民の意思で排除できるのが筋なのだが、そうなっていないことが問題だ。選挙期間がやたら短く、ビラや立ち合い演説会を極端に制限して、金の力で作られるイメージだけで投票させる仕組みがあるし、小選挙区で少数意見を抹殺してしまう。さらには、小選挙区で負けてさえ比例復活を許す二重立候補制など制度的にも民意を捻じ曲げる仕掛けを作ってしまっている。

しかし、安倍政権のやりたい放題を許してしまっているのは結局、国民だ。こういった制度の下でも、投票者がしっかりと自覚を持てば民主主義を実現する可能性は残されている。議員の劣化・腐敗に関しては、当該選挙区の住民に自らのアホな投票を痛烈に反省してもらいたい。

あえて言う。滋賀4区、京都3区、長野2区、広島4区、東京16区、埼玉4区、あんたらはアホの集まりだ。あんたらのアホさのために日本中が迷惑している。

逃亡46年、大坂正明容疑者は無罪になるのではないかな [社会]

46年間指名手配されていた大坂正明容疑者が逮捕された。全人生を逃亡に費やすくらいならもう少し早く捕まったほうが良かったのではないかと思う。警官殺害の容疑だから、世間では「罪を償ってほしい」とか「卑怯な逃亡犯」といった風当たりが極めて強い。しかし、1971年の空気を吸ったものの受け取り方は少し違う。この事件はむしろ事故といった感覚がある。

沖縄は米軍の占領下にあり、全島が米軍基地状態だったのだが、日本に返還されることになった。これで米軍基地が無くなるかと思ったら、基地付き返還だということで大いにもめた。これは今も尾を引いている問題だ。基地反対運動が盛り上がる中で、中核派が渋谷で大暴動を画策したというのが事の次第だが、気分的には沖縄返還とのかかわりは、ほとんどない。

当時の若者に充満していたのは一種の閉塞感だ。マイナンバーや共謀罪といった締め付けが進んでいるが、その前兆は70年代にもあった。建国記念日が復活し、君が代の強制が始まったりしていた。今ではそれが当たり前のようになって反発も少ないのだが、戦後の自由な時代を過ごしてきた当時の若者には崖っぷちの恐怖だった。このまま窒息しそうな社会に進んで行くことに対する反発は強く、世の中をぶち壊したいと言う破壊衝動が誰の胸にも実は少しはあった。

60年代の末、ベトナム反戦運動、安保条約反対運動などのデモが行われたが、ただ歩くだけでなく、道いっぱいに広がったり、規制してくる警官隊ともみ合ったりするほうが戦う実感がある。運動不足の解消とかうっぷん晴らしで気軽に参加したものだ。それが70年当時の空気だった。

「中核派」とか「革マル派」などと言うグループがこういったちょっと過激な行動を組織するようになった。棒を持ってデモをするとか、警官隊に石を投げたリして逮捕もされるのだが、それが逆に話題と共感を呼んで、参加者が増えていく事になった。各派は過激さを競うようになっていった。

大学内での暴動とも言える全共闘の学内占拠でさらにこれが広がったが、中でも中核派はその行動力で人気を博した。参加しないまでも「やれ!やれ!」といった声援を送る人は多かった。社会には破壊衝動が充満していたのである。

しかし、一番先鋭な学生たちは中核派では飽き足らず、赤軍派などといった超過激派に取り込まれるようになっていった。業界では中核派の隆盛にも陰りが見えてきたのだ。ここはひとつ大々的な闘争をやって見せて、さらなる増殖を図らねばならない。過激な闘争のパーフォマンスこそが組織拡大の要点だと信じていた。暴動が目的であり、沖縄の基地はどこかに飛んでしまっている。

1971年11月14日に全国から何万人もの参加者を動員して、渋谷一帯を開放区にすると予告した。「邪魔立てする機動隊はゲバ棒と火炎瓶でせん滅する」という鼻息の荒い宣言だった。当然、警察側も徹底して鎮圧するという姿勢を見せ、全国から警察官を呼び集めて機動隊を編成した。死んだ中村巡査は新潟から派遣された人だ。

当日、各地から集まった人数は何万人には届かなかったが何千人かにはなっていた。ゲバ棒を振り回し、火炎瓶を投げて渋谷一帯は大混乱に陥った。「犯人」と「刑事」といったものではなく、機動隊と中核派の戦争のような様相を見せていた。渋谷駅の衝突では永田典子という高知から来た女性が警官隊に殺されているからどっちもどっちなのだが、このことは今日忘れられている。

集会は禁止され、電車も止まったりしたので、衝突は分散され、代々木駅から渋谷に向かう一隊もあった。駅に集まった参加者を前に、肩車されて演説した青っぽいコートに白ヘルメット、ネクタイを締めると言ういでたちの男が目撃されている。単なる学生ではない。これが主犯とされる星野だ。「今こそ決戦の時だ。命がけで戦え。邪魔立てする警官は容赦なく殺せ!」火を吐くようなアジテーションだった。成田闘争の争乱ですでに指名手配されているにも関わらずこの場に現れた筋金入りの指導者だ。

この150人ほどの一隊はかなり強力で、渋谷に向かう途中の交番を襲撃して火炎瓶を投げつけたし、警官隊も阻止できずに後退した。というか、逃げた。警官隊にしっかり組織的な統制がとれておれば、そんなことは起こらないのだが、ばらばらと逃げたので、取り残される警官もでた。逃げ遅れたのが、田舎から来て土地勘のない中村巡査だった。

デモ隊に取り囲まれて袋叩きになってしまった。渋谷駅で女子参加者が殺されたりしているし、警官にはさんざ殴られているから参加者はいきり立っている。誰かが、倒れている中村巡査に火炎瓶を投げつけた。デモ隊はさらに進んで渋谷を目指したのだが、結局は阻止され夜が更けると共にばらばらと解散して行き、現場には倒れた中村巡査が残され、病院に運ばれたが亡くなった。

計画的な殺人ではなく、集団心理でやってしまったという偶発性のあるものだ。誰が殺人犯なのかということの特定はなかなかむつかしい。当日合計330人もの参加者を逮捕したが、多くは別の現場だ。もちろん犯人割り出しに協力は得られない。そもそも全国から集まった、何千人もの参加者は、それぞれに面識がない。白ヘルメットにタオルの覆面だから識別も出来ない。現場に誰がいたのかは当事者にもわからないのである。

中村巡査を殺したのは、多分都内の労働者の一隊だろうと推測された。新聞にもそのように書いてあった。現場付近は「全学連」ではなく「反戦」と書いたヘルメットが多かった。星野が指揮している事からみても、闘争経験豊富なコアな部分がいたはずだ。星野は先頭で指揮していたから少し後方で起こった殺人には直接の関与はないはずだが、警察としては何としても犯人を捕まえなくてはならない。主犯は星野と決めて執拗に捜査を続けた。

捜査は難航した。星野が率いていた筋金入りの連中は、逮捕されても絶対に口を割らない。警察が目を付けたのは、白ヘルばかりの一隊のなかに黒ヘルが少し混じっていたことだ。組織的に中核派とつながりのない若者が闘争に参加する時に、勝手に白ヘルを使うわけには行かないので黒ヘルを被ったりする。これを追及して行くと、群馬から来た高校・高専の少年たちだということがわかった。高崎経済大学の学生たちに参加を呼びかけられたらしい。

初めて闘争に参加したような少年たちは取り調べやすい。結果、現場近くにいた高崎経済大の3人の学生の名前が特定できた。すでに退学して職業革命家となっているが、星野も、もとは高崎経済大だからつながりはつく。「星野が指揮する高経大グループによる殺人」ということで、逮捕そして裁判になった。「星野と思しき男がが命令して、自分以外のだれかが火炎瓶を投げた」といった証言を引き出している。少年たちから見れば星野は雲の上だから面識はない。このとき現場に居合わせたもう一人の人物として特定されたのが大坂正明だ。

大坂が逃亡中に裁判は進み、星野は無期懲役、荒川は25年服役して出所した。裁判は、「星野が指揮する高経大グループによる殺人」としての判決になっているが、判決文を見ても、誰か犯人がいるはずで、このグループ以外名前も特定できないからこれにしておこうといった意味合いしか読み取れない。

裁判の過程で、かなり強引に、星野が現場で高経大グループを指揮して殺したというストーリーが展開され、それがすでに判決として確定している。大坂正明は千葉工大だから高経大グループとは結び付かない。星野が主犯だとするストーリーが強調されるかぎり、大坂の果たした役割はあまり盛り込めない。ただ現場近くにいた名前のわかるもう一人の男というだけになってしまう。

この事件に関与したということであれば、凶器準備集合、暴行致死、公務執行妨害、殺人幇助などいろんな罪名が考えられ、大坂の役割に見合ってこれらを適用することはできる。しかし、46年間逃亡した結果、殺人以外は全て時効になっているから、有罪とするためには大坂本人が殺人をしたという証拠がいる。主犯・指揮者はすでに星野になっているから実行犯しかない。物的証拠は何もないし、証言も大坂の具体的な行動に関するものはない。もちろん本人の自白は考えられない。これで裁判は難しいだろう。大坂正明は結果的に無罪になるのではないだろうか。

しかし、立憲主義も法の支配もないがしろにされているこの頃だ。どんな無茶苦茶な論理の裁判になるかわからないといった状況ではある。

失業率の秘密 [経済]

安倍内閣の経済政策は基本的に庶民から搾り取って大企業にくれてやるというものだ。諸費税を上げて法人税を減らした。ゼロ金利で会社に必要な金はいくらでも貸し出す。だから株高は当然のことで、会社は景気がいい。

会社が儲かれば給料が上がり庶民もおこぼれに預かるというトリクルダウンの理論が庶民への言い訳だ。しかし、非正規雇用が増え、過労で死ぬまで働かされ、国民の暮らしは明らかに良くなっていない。会社の内部留保が増えるばかりで給料は上がるそぶりもない。

それでも、安倍晋三は国会で胸を張って答えていた。「失業率は下がっている。」「高校生、大学生の就職率は高い。」アベノミックスの成果がでるまでもう少しの辛抱だと国民に我慢を強いる。

確かに統計は安倍内閣以来、これらの数値が向上している事を示している。これはある程度アベノミックスの効果なのだろうか? しかし、家計支出は相変わらず低下しているのだから、トリクルダウンが働いているとも思われない。

ここではたと気が付いたのが人口変動だ。失業率にはトリックがある。日本の若年人口は減少している。今年、60歳を迎えた人は160万人。多くが定年退職になった。人減らしをしない限り、企業は160万人を雇用しなければならない。ところが22歳人口は120万人でしかない。かなりの人減らしをしても大学生の就職率は上がらざるを得ない。

65歳を越えて就労人口でなくなった人は220万人、これに対して新たに就労人口に加わった18歳人口は110万人で半数だ。当然失業率も下がる。まともに雇用が保持されておれば、とんでもない人手不足に陥るはずなのだ。

失業率が少し下がる程度に収まっていると言うことは、かなりの雇用破壊が進んでいるということだ。やっぱり、アベノミックスは何のプラス成果も出していない。失業率の数値を持ち出すのは安倍内閣のごまかしに過ぎない。

もともと失業率にはごまかしがある。日本の失業率は諸外国に比べて低いことになっている。実はこれも失業者の定義の問題だ。失業者の定義は、現に就職活動をしている人で一週間のうち一日のアルバイトも出来無かった人となっている。

職が見つからず、アルバイトで急場をしのいだら失業者ではない。就職をあきらめた専業主婦は失業者ではない。職がないから就職をあきらめた高齢者は失業者ではない。病気で寝込んでいたら失業者ではない。しかも、世界でも稀な少ない失業保険で失業者をアルバイトに追い立てるのだ。これでは失業率は低くなるはずだ。

言葉のごまかしに乗らず、悪政を糾弾して行かなければならない。多くの人たちが姑息なトリックを見破られるかどうか、日本人の賢さが試されている。

MRJの行方---日本に航空機産業は育つのか [技術]

2015年にMRJが初飛行して注目を浴びた。順調に行けば、2018年には納入が始まり、すでに250機の受注を受けていることもあって、大いに期待された。しかし、2017年になって、またもや納入時期の延期が発表されることになった。2020年を目指すと言うが、それもどうなるかわからない。

延期の理由は型式認定取得の困難である。航空機を販売するためには十分な安全を確保しているという認定が無ければならない。これはなかなか厳しいもので、電線の一本一本にまで基準が設定されている。この基準を全部クリアーするためには、大幅な設計変更が必要であることがわかった。これまでにも何度も審査があって、そのたびに小さな設計変更を行ってきたが、それでは収まり切らないことになったのだ。

納期の遅れは、2つの重要な問題を引き起こす。ひとつは、先行する競合機に市場を奪われることだ。受注しているものも、取り消される可能性がある。2つ目は開発コストの増大である。今回の延期で開発コストは30%増えることになると言う。2015年段階では、700機納入すれば採算ラインを越えることができると考えられていたが、こうなってくるとそれは厳しい。

日本はかつて政府主導で、ゼロ戦以来の航空機技術を復活させて、各社共同の旅客機YS11を開発したことがある。この時は結局採算割れになって、生産を中止してしまった。寄り合い所帯で、天下り官僚が口出ししたことが反省点となり、MRJでは、三菱重工一社にまかせ、500億円をくれてやった。YS11の時代とは異なり、三菱重工はボーイングの下請けで部材を作ったり、ジェット戦闘機のライセンス生産などの経験を積んでいる。MRJは性能的にも十分世界に太刀打ちできる意欲的なものになった。

しかしながら、体質的にはYS11と変わっていない。相変わらず政府の金をあてにしているし、軍事技術をバックにしている。軍事開発はいくらでも金をせびることができることができるという強みがあるが、このことで、どうしても生産・開発コストの管理にゆるみが出てしまう。中型ジェット旅客機はビジネスの世界であり、軍事技術の延長では対抗できない。

現在の中型ジェット旅客機はカナダのボンバルディアとブラジルのエンブラレルが席巻している。MRJがこれに割り込んで行って採算が取れるかどうかは疑問が残る。採算ライン700機がどうなったかは言明されていないが、開発費が増大してしまった今では、もっと増えているはずだ。設計が古くなる前に1000機も売るのは誰が見ても厳しい。

この先さらに競合が見込まれるのは中国のARJ21である。アメリカ航空機のライセンス生産から始まっており、マクダネルダグラスのMD-90そっくりではあるが、ウイングレットがついているなど違いがある。航空機は少し違えば全体設計が必要になるのでやはり独自技術として消化しなければ作れない。今後、中国機が世界を飛ぶことになるのは必然だろう。

MRJが苦労している型式認定はアメリカないしヨーロッパのもので、これがないとアメリカやヨーロッパに売れないから採算の見込みが立たない。中国の強みは、国内需要だけで採算が取れることだ。ARJ21はすでに成都上海間の航路に就航した。国内で実績を積めば、やがてはアメリカやヨーロッパにも進出することができるだろう。

日本の自動車産業や電器産業は、ます小型車の国内需要で生産体制を確立して、国内で得られた利益をもとに安い値段で輸出をすることで発展した。しかし航空機には、最初から世界を販売市場としなければならないと言う課題が課せられている。果たして自動車・家電を引き継ぐものとして航空機が「離陸」できるかどうか、まさに正念場ということになる。

現在の日本の産業は自動車・エレクトロニクスで持っている。家電にはすでに陰りが見え、自動車もアメリカなどでは徐々に韓国車が増えている。やがて日本の独壇場ではなくなることが必至だ。それでなくとも自動車は現地生産が主流になってきており日本の生産物であり続けることはない。大量輸出の夢を捨てきれず、将来を原発と航空機に賭けるという無理な選択が非常に怪しげになってきた。

一番気になるのはこうした技術発展の基礎となる技術者基盤が失われていることだ。MRJ開発でも今後欧米人技術者の比率を増やして行くと言う。非正規雇用が増えて技術者の育成ができない。宅配・外食・介護といった低賃金労働のピンハネばかりが増える産業構造になってきており、学校では、道徳や英語に時間を取られて理科がしわ寄せをうけている。こうした施策を続ける政府のもとでは、未来産業の立ち上げはおぼつかない。まず足元を固めないことにはいかなる方策もないだろう。

教育勅語が教えるいびつな世界 [政治]

教育勅語は戦前の教育の根本をなすものであり、1948年6月9日に、国会において廃止確認決議された。その理由は「根本的理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残す」ということである、

教育勅語には14もの徳目を並べているが、「以テ...天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」と結んで、これらが天皇家の隆盛のためのものであるとしているので、間違いなく主権在君であり、主権在民の日本国憲法と相容れないことは明白だ。だからこれに対しては唯一人の反対もなく全員一致で可決された。国会決議としては重い意味をもつものだ。

しかし、復古主義者の中には、「徳目自体は悪いものではない」「教育勅語のどこが悪い」などと言いだす輩が出始めている。幼稚園の子供たちに暗唱させるといった極端なことまで行われ、それを首相夫人が激励したと言う。徳目を並べれば、何であれ、ちょっと見たところ悪いものには見えない。それなら山口組綱領を暗唱させても良いことになる。実際、山口組綱領は教育勅語とかぶるところが多い。

しかしながら、山口組綱領なども、よく読んでみるとやはり暴力団らしく、いびつな世界を描き出していることがわかる。徳目の目的は「侠道精神に則る国家社会の興隆」であり、これが「以て...皇運ヲ扶翼スヘシ」に対応している。民主主義社会から見れば、どちらも、いびつな世界を目指していることが明らかだろう。

教育勅語の徳目も良く見ればかなりゆがんだものである。何が強調され、何が抜け落ちているか少しその中身を見て見よう。おのずと徳目のもととなる考え方が浮かび上がってくる。

父母ニ孝ニ 兄弟ニ友ニ 夫婦相和シ
教育勅語の徳目の最初は家族愛といったものだが、これをわざわざ三つに分けているのは、それぞれ異なる性格のものだと言う考え方をしているからだ。親に対しては「孝行」という一方的な家族愛を要求する。封建制の名残である。親が子供に注ぐべき愛情には全く触れられない。兄弟は相互的なものだが、夫婦になるとまた一方的になる。これを定めた明治天皇は10人以上の愛人を抱えていたことを鑑みれば、愛人と不倫している夫とさえ「相和す」ことを要求するのであるから、たちが悪い。

朋友相信シ 恭儉己レヲ持シ 博愛衆ニ及ホシ
次の3つは社会に対する所作である。ここで強調されているのは恭儉すなわち自己抑制だ。自らの独創性を発揮したり、議論して新しいものを生み出すといった姿勢は否定される。社会を前進させるためには、各自がしっかりと自分の意見を表明して行くことが大切なのだが、ここにはそれが見られない。「もの言えば唇寒し」の世の中を受け入れろということだ。言動を慎まなければ友人を信頼すること、人情厚く振る舞う事につながらないと言うのは、自由に発言すれば村八分だぞという脅しでもある。あまりにも古い考え方だ。

學ヲ修メ 業ヲ習ヒ 以テ智能ヲ啓發シ 德噐ヲ成就シ
この4項目は自己啓発なのだが、それが何のためであるかが問題だ。自他ともに豊かな人生を目指すといった考え方はなく、「以て...皇運ヲ扶翼スヘシ」に直結している。学ぶ喜び、働く喜びといったものを見出すことなく、ひたすら難行苦行を天皇家への忠誠のために要求するのである。学ぶことが権利であるという教育の基本的な考えが欠落してしまっている。

進テ公益ヲ廣メ 世務ヲ開キ 常ニ國憲ヲ重シ 國法ニ遵ヒ 一旦緩急アレハ 義勇公ニ奉シ
国家との関係は、従順であれとの一言につきる。国家が決めた公益に進んで協力することを強調する。法律を守ることは教育以前のものであるのに、わざわざここで述べているのは、国家に都合の良い人間になれとの指示を強調するものにすぎない。そして、志願して兵隊となり、人を殺すこともいとわない勇敢さも徳目としているのである。

教育勅語の徳目の考え方も問題なのだが、徳目の取り上げ方にもひどい偏りがある。「ウソをつくな」「迫害にめげず正義をつらぬけ」「命を大切にせよ」「希望を失うな」といった人として大切なことが全部抜け落ちている。教育勅語はウソをつきまくる詐欺師でも信奉できる内容のものだということが森友事件で示された。総じて教育勅語の道徳観はあまりにも古いと言うしかない。「之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」などと「皇運ヲ扶翼スヘシ」を外国にまで押し付けるのは確かに国会決議の言うとおり、国際信義に背くものであり、世界征服の野望を表現したものとも受け取られる。

教育勅語が指し示すものは、まさに民主社会から隔絶した「いびつな世界」に他ならない。
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