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籠池さんに聞きたいこと [政治と金]

明日23日には、森友学園の籠池さんが国会に参考人として呼ばれる。自民党は、籠池さんと安倍さんは関係がないことを立証しようとする。野党は、自民党の政治家がからんでいることを立証しようとする。しかし、多分何の成果もなく終わるだろう。

「誰に裏工作頼みましたか?」なんて聞いてもまともな返事があるはずがない。答えざるを得ないことを聞くべきだろう。私ならこんなことを聞く。

①どうやって安倍夫人に名誉校長になってもらったのですか?
②誰の紹介で安倍夫人をタダで講演に呼べたんですか?
③いつから籠池夫人と安倍夫人はメル友なんですか?
④稲田夫に顧問弁護士を頼んだきっかけは?
⑤資金がないので貸借にしていたのに買い取りに切り替えたのはなぜですか?
⑥買取の金額が安いといつわかったんですか?
⑦借金があると認可されないのになぜ小学校を作ろうとしたのですか?
⑧借金があっても小学校ができるといつ知ったのですか?
⑨木造校舎で補助金がもらえるということを知った経緯は?

------------------------------ 結果 -------------------------------
期待はしていなかったのだが、いくつかの具体的な事実が出てきた。籠池なんて関係ないと安倍が断言していたが、安倍昭恵と籠池諄子は頻繁にメールのやり取りをし、事件発覚後も連絡を取り合っていたことが分かった。メールやFAXの内容について官房長官が釈明したりしているが、なぜそれをもっと早くに出さなかったのだ。籠池が暴露して初めて持ち出すこと自体が「関係ない」がウソだったことを示している。

100万円については、籠池証言が具体性を帯びてきた。封筒に入って金を渡したあと、帰りの車の中から電話をかけてきて「渡したことは公にしないで」と言われたと言う。金を入金した伝票にも、安倍晋三と書いたものが残っており、これが事件が発覚する前、籠池が熱心な安倍信者であった時のものだから疑いをはさみにくい。否定するには安倍昭恵が携帯の発信履歴を公開しなければならないだろう。安倍晋三の口座記録を公開すれば100万円が動いたかどうかもわかる。やらんだろうな。

証言の様子から強く印象に残ったのは、籠池が「上った梯子を外された」と意識していることだ。右翼偏向教育を評価されて、特別扱いを受けてきた。彼から見れば契約書の金額など問題でない。松井や安倍が嗾けたのだから右翼偏向小学校は開設が決まっていて、審査は形式にすぎないはずだった。国の格安土地も、籠池に小学校を作らせるための特別処置であり籠池はそれに乗っただけだ。ところが、世論が逆風になると皆が知らぬ顔をして、籠池だけが悪者にされた。それを怒っている。

政治家と言えば金がらみと決めつけるのは早計だ。籠池はそれほど金を持っていない。金の力で政治家を抱き込んだわけではなく。「右翼教育」と「安倍の賛同」を武器にして政治家を働かせ、官僚を動かしたのである。金以外にも利権はある。安倍とのコネなどもそれだ。安倍昭恵が名誉校長で、首相官邸から問い合わせがあったとなると、大阪航空局も値引きは最大限にしろと命じられたも同然だ。首相官邸からの直々の問い合わせに応じれば官僚としての出世の糸口になるからだ。

小学校教育というのは社会事業であり、金が儲かるべきものではない。借金で作って利益で返済するなどという構図が許されないのは当然だ。それをゆがめて籠池に学校を作らせたのは維新と安倍だ。安倍たちが籠池を使って特別扱いで「右翼教育」をやらせて、無理が生じた結果とも言える。安倍はこの学校を作らせたかった。100万円を渡して激励するくらいのことは当然やるだろう。

「金もうけ」を超えた制度設計 [経済]

資本主義の基本原理は「金もうけは善」にある。世の中の生産やサービスは、ほとんどが民間企業が儲けのためにやっており、それが社会の繁栄をもたらしていると解される。儲けを大きくするには良い製品を作らねばならない。他の会社との競争に打ち勝つためには、より良いサービスを絶え間なく開発しなければならない。儲けは社会に対する貢献の証であり、儲けた人は偉い人と言うことになる。暗黙の了解となっているようだが、もちろんこれに、はっきりとした根拠があるわけではない。

「世の中は金がすべてではない」と声高に叫ぶ人もいるし、これに同意する人がむしろ多いかもしれない。「金もうけは善」には、絶えず疑問が投げかけられている。しかし、こうした叫びは無力だ。確かに世の中は金を中心にして回っている。国の施策にしろ、研究や芸術作品さえも予算があってなり立つ。慰謝にせよ名誉棄損にしろ裁判ではすべて金額だ。全ての価値を金で測ることが粛々と行われている。

全ての価値を単一の尺度「かね」に換算してしまう事が社会の運営を単純化する。価値を金で表現してしまうと、いとも簡単に評価ができることになる。評価ができれば効率化も改革も簡単になる。世に言う「民営化」はもうけを最大にすることが、最大の効率だという原理に基づいて「新自由主義」が提唱されているわけだ。人の効率的配置も手続きの簡素化も確かに最大の儲けにつながる。

しかし、これも根拠のあることではない。儲けを最大にするには、低賃金が一番だし、手抜きさえも役に立つ。原発事故などは儲けを追及することが必ずしも社会への貢献になるとは限らないことの卑近な例になる。価値を「かね」で測ることは、あくまでも一つの便宜的手段に過ぎない。「かね」を中心にした社会運営にはおのずと限界がある。だからこそ「金がすべてではない」という声が消えずに繰り返されるのだ。

儲けの追及が駄目だとしたら何を社会の基本に据えればいいのか。儲けを基本にしない方策が試みられたことはある。「儲け」を通さず、直接的に国民の幸せを計画すると言う社会主義の経済運営は、結局のところ失敗に終わった。ソ連は崩壊したし、中国は方向転換した。これまで試みられた社会主義は、結局、官僚主義が蔓延っただけで、「競争」も「効率化」も失われてしまった。「かね」を媒介にした社会運営がまだしも有効だったのだ。人類はまだ「かね」に変わる指標を見出していない。一方で儲けを追及する運営は限界に来ている。これをどうするかが現代の課題だ。

ドラッガーが晩年に手を付けようとした課題が非営利組織の経営学だった。営利組織の経営は単純明快だ。儲かるようにすればいい。しかし、非営利組織は、そうは行かない。ドラッガーはいくつかのガイドラインを示しているが課題の整理に過ぎない。そもそもこれは、「かね」を中心とした社会の中で非営利組織をどう運営するかといった問題の立て方でしかない。「かね」では買えない価値を認める必要があるのだが、それを定量化することが難しい。

やはり当面重要なことは、儲けのルールを確立して行くことだろう。儲けは厳格なルールに従って追及されなければならない。低賃金には歯止めをかける。環境を破壊してはならない。こういったルールによって儲けが社会への貢献につながるようにする制度設計が重要だ。それが政治の役割である。
金もうけはそのまま善なのではない。ルールによりそれを善に向かわせる必要がある。

ルールの中で一番重要なのは「競争」の確保である。「儲け」を媒介にした社会運営の一番大きな利点は競争にある。「儲け」を目指して競争することで効率を上げられる。しかし、実際には、競争を妨げるものが多い。独占もそうだし、政治を使った利権もそうだ。一番安直な儲けは競争を回避することに尽きる。金権政治、腐敗と言われるものは、競争を回避する裏道を見つけようとするものだ。

重要なのは、ルール破りや競争の回避が常に画策されていると言う認識だ。企業は絶えず独占を狙うし、低賃金を画策する。利権ほど安易な儲け口はない。ルールが甘ければ、環境破壊もやる。国民はこれに対して常に闘わねばならない。実際、独占大企業というのは腐敗した政府以上に官僚的で悪質だ。利益追求が公認されているから始末が悪い。企業秘密ということで、その挙動すら隠蔽してしまう。

こうした「儲け」を「善」に向かわせる闘いを保証するものが民主主義だ。人々の意思が政治に反映されればこうした社会制度が維持されるのだが、現在の状況がどうかと言えば、非常に心もとない。人々の自覚は十分ではなく、小選挙区制など選挙制度にも欠陥があるが、情報操作がなされ、本来監視下に置かれるべき企業体が逆に権力を握る、政治を支配してしまっているのは「財界」だ。人々は政治の本当の役割をまだ認識していないのである。

二転三転-----稲田朋美の資質について [政治]

森友学園疑惑で、稲田防衛大臣の言うことが二転三転して問題になっている。「森友の弁護などしたこともない」と言った翌日に、裁判所に出廷した記録を突き付けられて弁護を認めた。「10年このかたあったことがない」と言ったが、籠池を表彰して表彰状を手渡していた。

これが全部、記憶の間違いであって、ウソをついたわけではないと弁明する。世の中のウソつきと言われる人は皆、自分ではウソと思っていない。籠池氏も3つの金額が異なる契約書を「全部正しい」と主張している。7億8千万以内で作らないといけないと言う思いを表したものだから正しいなどと、常人には理解できない論理だ。

稲田氏も多分にその傾向がある。自分の願望と事実の区別がつかないのだ。人間の資質などと言うことをとやかく言うのは好きではないのだが、稲田朋美は行政の責任者としての資質に欠けると言わざるを得ない。

稲田氏が右翼論客として登場して自民党議員になったきっかけは「百人斬り裁判」だ。捕虜や無抵抗の中国人を多数日本刀で切り殺して戦犯に問われた事件を捏造として争った。当時の記録を調べれば、事実は歴然としているのだが、「正義の皇軍がそんなことをするはずがない」「新聞記事の捏造に違いない」という思いで突っ走った。当然、裁判では敗訴だ。

ノーベル賞作家大江健三郎の作品にある沖縄での住民に対する自決強要事件についても、同じように思い込みで捏造だと言い立てた。これも、当然のごとく敗訴である。論理ではなく都合の良い思い込みで動く。結果的にウソつきになる。

南スーダンを視察して、治安は保たれており自衛隊の派遣に危険はないと報告したが、わずか3か月後に撤退となった。和平が保たれておれば「援助」だが、内戦ならどちらに味方しても「介入」になる。重要な判断だが「派遣したい」という思いが先行して事実が見えなかったことの表れだ。

政治資金の面でも、正直ではない。大量の白紙領収書を使っていたことが報道されたが、平気で居直った。都合だけを考え、真実とか正直と言う事の大切さが全く念頭にない人物なのである。

稲田も籠池も教育勅語の信奉者らしい。教育勅語は12もの徳目を羅列しているのだが、「嘘をつくな」とは書いてない。その意味で勅語に忠実なのではあるだろう。人間として大切な「命を尊ぶ」とか「正義を貫け」といったことも抜け落ちた欠陥文書を信奉している人に、行政の責任者である大臣を任せておくわけには行かないだろう。

日本に共謀罪がいらない理由 [政治]

テロ防止と言う名目で共謀罪が画策されている。政府は、以前にも共謀罪を導入しようとして国民の反発を買い頓挫した経緯がある。今回は名前を変えてテロ防止法などとしているが、中身は前と変わらず下原案では「テロ」という言葉が一言も出てこない代物だった。共謀罪には別の意図があることが明白だろう。

共謀罪の導入の根拠とされているのが「国際組織犯罪防止条約」である。実際、国際マフィアなどの対策として多くの国が共謀罪を導入している。ただ、この条約は各国がその国の実情に即して有効に国際組織犯罪に対応すればいいとしており、必ず共謀罪を導入しなくてはいけないわけではない。

日本の実情は、他の国とは決定的に異なる点がある。それは、銃砲などの武器所有が、それだけで犯罪になるということだ。アメリカなどでは、銃を持っていること自体は犯罪ではない。テロ組織が銃を持って多数集まっても、まだ犯罪にならない。銃を使ってテロを共謀して初めて犯罪の要件になる。だから、共謀を重視しなければならないのだ。

日本の場合、銃を持って集まればそれだけで十分に犯罪となり、取り締まれる。共謀罪など必要ないのだ。それだけではない。銃の所持が犯罪ではない国なら、むしろ銃の所持が共謀の証拠になる。共謀罪といっても、こういった犯罪の準備があった上での共謀であり、その適用範囲はおのずと限られることになる。

ところが、日本で共謀罪といった場合、これは何の犯罪準備もない純然たる共謀の罪と言うことになる。ただの共謀だけなら何も物的証拠となるものがない段階だ。「密偵」による潜入捜査あるいは「盗聴」が常套手段となり、「密告」が証拠となってしまう。共謀罪法案には密告した場合罪を許すと言う条項が用意されている。共謀罪の導入はこういった監視社会への道なのである。諸外国とは異なるのだ。

純然たる共謀が犯罪ならば、捜査対象は無限に広がる、「共謀するかもしれない」と言うだけで捜査の対象となるからだ。事前に「テロ組織」を定義することはは難しく、国会答弁でも「普通の団体がテロ組織に変わることはあり得る」などと言っている。つまり、普通の団体は全て捜査の対象となると言うことだ。

共謀罪は政府が警察を使って、すべての市民を監視下に置くことを意味する。政府の意にそぐわないすべての動きを監視し、好ましくないと判断されれば、いくらでも「別件」を持ち出して逮捕したり、捜査の過程で見つけたプライバシーを暴露することができる。政府がすべての国民の尻尾をつかんでおこうという仕掛けだ。実に恐ろしいことだ。

森友(アベ友)学園疑惑は誰の仕業かーー土地はタダ [政治と金]

「安倍首相頑張れ、安保法制よかったです」などと幼児に叫ばせる常軌を逸する教育が、全国でわずか11人しかいない「文部科学大臣優秀教員」の3人に選ばれて表彰されていると言う事態に驚く。安倍政権による支配が隅々にまで浸透し、安倍に追従しさえすれば何でも許されるという世の中になってきているのだろうか。

森友学園がは鑑定価格9億5600万円の国有地を1億3400万円で購入した。しかも、その前年に国は1億3176万円をゴミ除去費用として支払っている。国は大阪駅から30分の一等地2700坪を差し引き200万円で売ったというからあきれる。しかも、学園の要求で購入価格を非公開にするといった便宜まで図っていた。

ここまで来ると、誰が考えても何らかの政治的圧力が働いたと考えるほかない。共産党の小池晃議員の追及で、学園を経営する籠池理事長が政治家に対する露骨な工作記録が暴露された。小池氏がこのソースを明らかにしなかったのは、工作をしたけれども断られたと書いてあってソースの追及に意味がなかったからだ。

このソースが鴻池祥肇参院平和安全法制特別委員会委員長であったことは鴻池氏自身によって明らかにされた。疑惑の目が向けられることが必至だったから先手を打ったのだ。ソースの記録に断ったことが書かれていたので強気で、札束と思しき紙袋を「無礼者と投げ返した」と言っているが、森友学園側はそんな事実はないと否定している。それとは別に、学園側からの政治献金は受け取っているし、25回も接触はしている。他への工作もあったに違いない。これを少し検証してみよう。

鴻池議員への工作は2014年4月だが、森友学園と国の契約は2015年5月に月額227万5千円の借地として締結されている。鴻池議員が口利きをして値下げさせたのは明らかだが、この時点では、相場よりもかなり安いが、まだ法外と言うほどではない。しかし、買い取りでなく購入オプション付きの借地としたのは異常だ。借地としたのは土地を買い取るだけの資金がなかったからだが、40人ばかりの生徒で開校して毎月227万5千円の借地料を払って経営が成り立つかという疑問は当然出てくる。10年以内に「時価」で購入する付帯契約付きだから、さらに金がかかる。購入資金は寄付を予定しているということで押し切り、2016年開校を一応承認させた。何らかの政治力が働いた結果だろう。

小学校経営というのは商売としてやるものではない。一種の社会事業で、潤沢な資金があって初めて成り立つべきものだ。少なくとも建設資金が借金であってはならないのは当然のことだ。借金が返せるということは儲かるということだ。借金で小学校を開校するなどと言うことは認められていなかったのだが、特別に許可したのは松井知事だ。籠池氏は大阪日本会議の役員で私学審議会の委員長にもつながりがある。

借金がありながら認可という手段を使ったとしても、資金繰りに関して何らかの手を打たなければならない状態だったことは確かだ。このころから森友トリックとも言うべき奇妙な動きに拍車がかかった。6月に国交省の「サステイナブル建築物先導事業(木造先導型)」というのが始まり、森友学園が応募した。7件のうち6件が採択されるという結果だから、補助金が取れるということも最初から目算に入っていたかもしれない。ニセの契約書を使うという姑息なことまでしている。これで6194万4千円の補助金を手に入れた。大阪府も「実感できるみどりづくり事業」として、開校も決まっていないのに648万円の補助金を決定していた。

補助金をもらうことが決定した前日の9月3日、午後2時17分から27分まで、土地の持ち主である財務省の迫田英典理財局長が岡本薫明官房長と共に官邸に入っている。何のためだったのだろうか。共産党宮本岳志衆院議員の調べでは、4日の午前10時から12時まで、近畿財務局9階の会議室で森友学園側との交渉があった。もう契約済で工事も始まっているのに何を交渉したのだろうか。おそらく、埋設ゴミの処理方法だろう。これが、タダどりにつながって行く。

安倍首相自身もこの日の午後、テレビ出演で国会をさぼって大阪入りして、森友学園と接触した可能性がある。翌5日に明恵夫人が名誉校長に就任した。就任の経過も、父兄の前でいきなり紹介されて断れなかったという首相と、事前に了解してもらっていたとする学園側では食い違っている。国会答弁で安倍首相は、昭惠夫人が関係しても自分は森友学園とは何の関係もないと豪語したが、昭惠さんが「主人に前々から塚本園長(籠池理事長)から主人にお手紙や電話を頂いたり、実際にもお会いいただいたりしていました」と暴露してしまった。籠池自身も「安倍総理には当園に足を運んでいただいたこともあり」と書いてしまっている。

契約から半年、10月16日には汚染物質の処理が終わったと報告したがこれは建設作業の一部として行われている。2016年4月開校が借地の条件なので工事は急ピッチで進められたからゴミ処理との分離ができない。貸借だからゴミ撤去費用は持ち主である国の負担となる。工事の内1億3176万円がゴミ処理分だとしてこれを国に請求した。ゴミ撤去工事完了ということで土壌汚染対策法から外れて、自由に使える「きれいな土地」になった。ゴミの最終処理をせず、埋め戻したりしているから、この金額もおそらく実際には使っていない。

2016年開校は名目に過ぎない。早くに延期を申請しており、3月10日になって開校を1年先送りすることが認められた。2017年開校ならゴミ撤去と建設を同時進行させることもなかったはずだ。その翌日、森友学園側は、「想定以上のゴミがある」と言いだした。3月半ば、籠池は財務省で田村嘉啓・国有財産審理室長と面談もしている。財務省は14日に大阪航空局に撤去費用の見積もりを依頼している。このあたりの筋書きは9月4日に合意ができていたはずだ。

購入資金がなく貸借を希望していたはずの森友学園が3月24日には購入への切り替えを要求した。安く買う手立てが確立していたことを意味する。ゴミ処理費用を高く見積もって金額から差し引き、実際にはごみ処理をせずに済ます手口だ。大阪航空局から高額の費用見積もりが出るとはわかっていたのだろう。もちろん、この見積もりには政治家の関与があるはずだ。記録は破棄されたと隠ぺいに懸命だが、まともに聞き取り調査をやれば、隠しおおせるものではない。

3月30日に国は森友学園の要求を受け入れて、にゴミ撤去費用の1億3176万円を支払っている。まだ借料は1年分、2730万円しか払っていないし、購入なら国が撤去費用を負担することはないのだが、工事の時点では借地だったという理屈だ。ここまでの収支勘定は、森友学園が国から補助金と合わせて結局1億6640万円をもらったことになる。

3月30日が工事完了期限だったのだが、それは延期された。4月14日に大阪航空局からゴミ撤去費用を8億1900万円とした見積もりがでた。5月31日、不動産鑑定士が9億5600万円と査定したが、撤去費用を減額して1億3400万円になる。この決定を6月20日にやり、即日森友学園の所有に登記している。かなり計画的な進行である。このあたりの手口を指南したのは顧問弁護士で、それが稲田朋美の夫、稲田龍示だから語るに落ちる。早い目に表彰の取り消しなどを口にしたのは、多分3重契約書などのヤバイ情報が夫から入ったからだろう。

国に対して負債があり、抵当権が設定されているが、10年の分割払いだから、年1340万円になる。これまで払うことになっていた年2700万円を半分にまけてやって、しかも土地は森友学園に渡すことになったのだ。その上、この支払に充てる金はもう国からもらってある。結果としての収支勘定は、土地をタダで手に入れ、その上3240万円をもらうことになる。単に安く買ったというどころの話ではない。

会計検査院が調査すると言うが、ゴミが埋設されていると言うのは事実であり、8億が6億に修正されるくらいのことだ。不適当という指摘があったとしても、すでに登記されたものは動かない。この土地は、国の金でやった撤去作業で、一応法規制を外されて使える土地になっているのだ。開校してしまえば8億1900万円をかけてゴミ撤去工事などできるはずもない。

おそらく2017年4月の開校は認められないだろう。しかし、8億1900万円をかけてゴミを撤去するまで開校を認めないという決定をしなければ、多少遅れても思惑通りに事は運ぶことになる。この事件は幕引きも含めて全体が周到に準備されたものだということがわかる。

森友学園の契約は異例づくめだ。少子化で小学校の廃校が続いている中で、負債があっても開校できると松井知事が基準を変えたのが異例だし、購入を前提にした借地契約というのも異例だ。ゴミ撤去費用を航空局が算定すると言うのも異例、随意契約で価格非公開と言うのも異例。個々の官僚が議員に働き掛けられて便宜を図ったと言った程度ものではない。

現在までで関与が明らかなのは、鴻池と松井、稲田だが、山谷えり子、平沼赳夫、中山 成彬、田母神俊雄、西村 眞悟については籠池理事長がつながりを誇示しており、声をかけなかったはずがない。重要なのは全体としての筋書きがコーディネートされていることだ。これらの議員に指図できるのは安倍首相本人以外にない。会計検査院の調査を待つと言うこと自体が策略であり、それを言っているのが安倍である。だから、安倍首相本人の仕業で間違いないだろう。

森友学園と同じような右翼学校設立に公の金をくれてやるといった事態があちこちで生まれている。これも安倍が憲法改悪を目指してめぐらす策謀の一つなのである。籠池は教育勅語の信奉者だ。教育勅語にはいろんな徳目が並べられているが、「嘘をつくな」とは書いてない。詐欺師に都合よくできている。




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