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もずが枯れ木で鳴いている [雑学]

毎年、秋が深まり寒くなってくるとこの歌を思い出す。もずの鳴き声は寒さを身にしみこますようだ。取り入れも終わり、冬に閉じ込められるのを待つばかりの村里の物寂しさをひしひしと伝える歌だ。

サトーハチローがこの詩を「僕らの詩集」(講談社)に発表したのは昭和10年10月だったが、全く評判にならなかった。徳富繁が昭和13年3月に作曲したが、あまり歌われなかった。それが、戦後になり、歌声運動の中で反戦歌として共感を呼び始めて全国に広がった。戦争中茨城に疎開していて覚えたという女子中学生から採譜して野口肇などがこれを広めたのだ。

だから、そのころは茨城県民謡だといわれていた。今では、作詞者も作曲者もはっきりしているのだから民謡と言うわけにも行かない。しかし、しみじみ味わって見るに、やはりこの歌は民謡なのである。歌ってみればすぐにわかる。農民の生活に根ざしており、決して売文詩人の筆先から生れたものでない響きがある。

こんな良い歌なら、発表されてすぐに人々に染み渡ってもよさそうなものだ。第一反戦の主張があるような歌を特高警察が弾圧しないはずがない。出来てから何十年も話題にされず、弾圧も受けなかったことは何を意味しているのか。実はサトーハチローの作った「もすよ鳴くな」は反戦歌ではなく、「もずが枯れ木で」とは別の曲なのだ。

確かに大部分の歌詞は同じなのだが、肝心の最後の一節がまったくちがう。「もすよ鳴くな」は「百舌よ寒くも 泣くで無え 兄さはもっと 寒いだぞ」と題名のごとくもずの鳴き声を否定している。ところが、「もずが枯れ木で」は「もずよ寒いと 鳴くがよい 兄さはもっと 寒いだろ」と鳴くもずに共感している。まったく反対の立場なのだ。

昭和10年は日中戦争がいよいよ本格化して戦意高揚した時期で、この詩は中国の戦場で活躍する兄を思う弟の心情を表し、兄さんはもっと寒いところで頑張っているんだぞと、鳴くもずを諭して、銃後の国民の奮起を促しているのだから、たとえ鉄砲が涙で光ったとしても反戦歌とはいえない。検閲にもひっかからなかったはずだ。サトーハチローに反戦歌が書けるわけもない。銃後を守る少年の歌としては、中身が妙に女々しくよい出来ではない。おばあさんまで出てくるのに母親や父親の存在がないのも変だ。

サトーハチローのどうでも良い詩が、民衆に歌い次がれるうちに、変化していった。もずよ寒いと鳴くが良い。人間として哀しいことは哀しい。徴兵されて死ぬことを嘆くのは当然だ。もずに対する肯定は、この歌を反戦歌に仕上げた。

茨城の田舎では俺とかオラは女性でも使う。あん人、あんさは夫を意味する。茨城県で歌われているうちに、夫を兵隊にとられた若妻の悲痛な悲しみの意味がこめられて行った。兄を失った少年でもいいのだが、夫を亡くした若嫁としたほうが、父母が出てこない不自然さがなくなる。薪をばっさり割ることが出来る強い男、頼みとする夫を戦争に取られた女の寂しさがこ伝わるようになる。戦争中、多くの人が共感を持ち、密かに歌われるようになっていった。これこそ民謡である。

もとの軽薄な戦意高揚歌からは完全に脱皮してしまっている。サトーハチローもさすがに詩人で、この歌が元歌を超えていることを認めた。作詞の名前は主張したが、歌詞の復活は求めなかったという。



アメリカの料理 [雑学]

アメリカ料理というものをついぞ日本で聞いたことがない。ピッツア、ハンバーガー、アイスクリームなどはアメリカで始まったものだが、料理というには趣が無さ過ぎる。アメリカ人も料理への関心は高く、テレビでは結構料理番組をやっている。その中身をみると、なかなか凝ったものが多い。「今日の一品」だとか「簡単お弁当」なんてものはまずない。高級レストランのシェフが作るような料理を素人向けに放映しているのだからすごい。

逆に言うと、とても普通の主婦が作るとは思えない料理ばかりが番組で取り上げられているのだ。畢竟これらの料理番組は料理オタクとでも言うべき人のためにあると見える。料理をすると言うことにはかなり高い敷居がある。普通の主婦はこんな料理は作らないというか、料理などしないと言ってよい。たいてい肉を焼くだけか、出来合いのものを買ってきて食べている。ファーストフードは日本よりもさらに賑わいを見せているしレストランも多い。家庭では簡単にすませ、あとはファーストフード、お金持ちはレストランに行く。

日本のようにだれでもがある程度の料理をするというのが常識にはなっていない。日本に良くあるxxルウだとか○○の素などと言う、誰でも料理ができる仕掛けは流行らない。一足飛びに缶詰まで飛んでしまう。その代わり料理をするとなるとえらく本格的なものになるのだ。ここで言う本格的な料理というのが何に凝っているかというと「味付け」ないしは「混ぜ合わせ」である。多くの種類の香料をまぜてソースを作るところが一番肝心で、料理番組の最後には長いレセピー表が現われる。

レセピー表で考えると日本料理は実に簡単でシンプルとしか言い様がない。刺身なら魚と醤油で終わりで、表にもならない。日本料理でよく現われる包丁技は料理の関心外で大抵フードプロセッサーを使ってしまう。日本の板前さんは材料の目利きが命だが、アメリカではどんな材料でも美味しく食べさせるのがコックの技だと考えて材料には凝らないのが普通だ。IIron Sheff(料理の鉄人)なんていう番組では、とんでもない材料例えば蛇なんかを与えて腕を競わせる。

所変われば品変わる。お正月を控えて伝統的なお雑煮やおせちを思いながら、ことしも3分の1を過ごしたアメリカでの料理について書いてみた。お正月はやはり日本に限る。

腕時計の電池交換をやってみた [雑学]

時計の電池

バッテリーがなくなると動かなくなるというのが最近の時計だから、電池の入れ替え位はやらなくてはならない。携帯電話やノートPCが普及した時代は時計に機能を要求しない。時計とはファッションでしかない。しかし、僕の時計はカレンダーから電話番号帳、世界時計、目覚まし、果てはカリキュレータまでついている機能満載のもので、今時持っている人もいない遺物だとは思っている。

ファッションに縁のない僕は機能のついている時計でなければ持っている意味がない。新しいのが手に入らないのだから仕方ない。これまでにも何度も修理はしている。こういったデジタル時計はプラスティック製でベルトが真っ先に壊れる。もう、3回くらい取り替えた。いつも矛盾を感じるのは安物の時計の方がベルトよりも安いことだ。時計を買ってきてベルトを外して使ったこともある。

それでもバッテリーは意外に長持ちして今に至っている。ネットで調べるとDSC63型の電池はCR2016とあったのでこれに頼ることにした。僕のはDSC62型だ。電池を400円で買ってきて、時計の裏フタを開ける。時計ドライバーでネジをはずすタイプだから取り扱いやすい。

用意周到にお皿を持ってきてその上で分解する。ネジをポトリと落とすことは当然あり得るから準備が肝要だ。必要そうな道具もそばにそろえておく。以前、道具を取りに立ち上がった拍子に分解中のものをひっくり返したことがある。

フタの中にはプラスティックのスペーサがあるからこれも外す。電池がバンドで押さえて入れてあるのがわかった。ありゃ、62型の電池は63型とは違っている。16mmくらいだからCR1616だ。仕方なく、一時中断して新たに電池を買ってきた。

こうしたハプニングや必ず遭遇する謎解きが楽しい。さて、電池を止めているベルトをどうはずすか?虫眼鏡などで観察し、左側が引っ掛けで右側は固定とわかった。ペーパーナイフを入れてこじってみる。ピンとはじけて帯がとけた。

あとは簡単で、電池を入れ替えて、もとのように組み立てればいい。しかし、問題が生じた。電池を入れても文字盤には何も現われないのだ。何をやってしまったのかと考えてみたが思いあたらない。電池の入れ方が問題なのかと何回か入れなおしてみたが関係がなさそうだ。

ふと見るとACと書いた小さな穴が空いている。all clearならこいつだな。針金を穴に突っ込んでショートさせて見た。ピッと小さな音がして文字盤に数字が現われた。

1985年1月1日。と言うことは、なんとこの時計は25年も前の型式なのだ。電池の入れ替え無事終了。


邪馬台国の新説---「五文字の謎」 [雑学]

邪馬台国の新説は、もう出尽くしたかと思っていたのだが、まだあった。「邪馬台国五文字の謎」である。壱岐が日本の中心だったという発想が面白い。著者が理科の先生であることにも親近感を覚える。古田武彦の邪馬壱国を踏襲しているので、倭国は本当は委国であり、委を含めて、「イ」と読める文字5種を全部壱で表すとストーリーが見えてくる。

壱岐にあったのは海人たちの壱国であり、朝鮮から鉄器を手に入れて強力な武装を施した。小さな島ではあったが、武器の力は大きく、たちまち九州北部を制圧し、都を置いたのが壱都であり、今の糸島半島と呼ばれている場所だ。さらに内陸に進出し、山の壱国つまり山壱国を築いた。これが邪馬壱国なのである。壱国自体は壱大国と称するようになった。女王が置いた監察使が壱大卒であるのは壱国の官吏と言う起源を持つからだ。

これだけの事なのだが、煎じ詰めれば語呂合わせでしかない。突っ込みどころとしては、食料の自給も難しい小島が、どうして鉄器の独占を保てたのかと言うことだろう。製鉄技術を消化するには十年以上もかかる。この間、他の強力な国々も交易で鉄器を手に入れただろう。豊かな国は新技術を消化するのも早い。壱岐が九州制圧と言うのには無理がある。

鉄の比重は7.8、これに対して青銅は8.3程度だから、戦争の現場でも、軽量で切れ味の良い鉄製の武器が優れていることは確かだが、槍なら棒の先につける一部だけだし、まだ貴重品だから使い捨ての矢尻としては使わなかっただろうから、武器としては人数が問題にならないほど決定的なものではなかっただろう。奴国あたりは、この時代以前から青銅器が盛んに作られていたことを示す遺跡がある。

魏志倭人伝の読み方としては共感するところが多い。陳寿が記述している内容は日本全体ではなく九州のことに限られている。大和説は、あやふやな伝聞記事の「水行20日陸行1月」だけを頼りに方角も捻じ曲げて邪馬壱国を遠くヤマトに結びつけたものに過ぎない。倭人伝は九州内の諸国については詳しいのに大和までの途中にあるはずの備前や出雲について何も書いてないし、国中が戦乱になった場合、全国ならそう簡単に卑弥呼を擁立して収まるわけも無い。戦国時代は100年も続いている。

だから、魏志倭人伝を素直に読めば九州説は当たり前なのだが、九州説の泣き所は、「その後」である。ヤマト政権に滅ぼされたのなら、その抗争記録の片鱗が見つかりそうなものだが見当たらない。本家の古田さんは、九州王朝が「磐井の反乱」まで続いたと言い出し、挙句に東日流外三郡誌のどつぼに落ち込んでしまった。「五文字の謎」は「その前」を補完するだけのものなので、新説としても重要性は低いように思える。

iPadの次に来るもの [雑学]

iPadがかなり普及してきた。携帯電話の画面では飽き足らない人も、電車の中では、ノートPCを引っ張り出すよりかなり手軽だ。Appleは90年代にも同じ事を試みたがそのときは失敗した。Newtonは、今よりかなり分厚かったし、値段も高かった。小さく安くなったことも大きいが、iPodやiPhoneの普及で、消費者自体に意識の変化が生まれたともいえる。Pad形式の機器もkindelでなじみが出てきている。

しかし、私はiPadを買わない。ここまでくればiPadの次に出てくるものが見えるからだ。それは本当のポータブルコンピュータだ。cpuが大きくなり、メモリーも増えれば、キーボードとスクリーンをつなげば立派なデスクトップコンピュータになる。iPadの発展型ともいえるが、意味合いが異なる。CDだとか、多くのポートも必要だから、たぶんドックを持つことになるだろう。形状はwearableつまり腕時計型になるかもしれない。

これを持って歩けば、どこでもドックにつないで、大きな表計算でも、本格的なFEM計算でも、プレゼンでもできる。もちろん、今だってネットワークにすべてを置いてしまうとすれば、なんでもできるのだが、いつでもどこでもネットワークにつながるとはかぎらない。仕事場でやった仕事の続きをそのまま電車の中でちょこっと手直ししたり見直せるのは、とても便利だ。

当然、skypeやlineの機能は積み込めるから、携帯なんかを別に持ち歩く必要はないし、カメラもいらない。もちろん、携帯もcpuが大きくなりメモリーも増えるから、携帯を放り込むドックも出来るだろう。どれくらいの大きさのスクリーンを好むかが個人の選択になるだろう。仕事場では、やはり大きなスクリーンとキーボードが必要になる。

出先で仕事をしたい人は、プロジェクター内臓で、壁に投影したり、フレキシブルなぺらぺらのキーボードをテーブルに広げたりするだろう。

こんなものが出てくるのは、もう時間の問題でしかない。通常のiPadはすぐに時代遅れになるにちがいない。MDなどという短命なものと同じだ。現在は、iPhaneだけの人が多い。圧倒的大衆というのは携帯電話にとどまるから、こういった機器の登場で一番衰退するのはnotePCだろう。notePCが姿を消す日は近い。

テレビ壁面取り付け 間柱の見つけ方 [雑学]

愛用したビデオカメラが壊れた。買い換えたらNTSC出力がない。最近のものはHDMIばかりだ。困ったことにはうちのディスプレイにはHDMIがないから、ディスプレイまで買い換えることになった。テレビのほうが安い。大きな画面で置く場所がないから、壁面に取り付けることにした。これでまた問題が広がってしまった。

壁面取り付けには金具がいる。傾きを変えられたりするものは高いが、単に取り付けるものであれば、3000円で十分だ。取り付けはネジを壁に押し込む。石膏ボードの壁では弱くてダメだから、間柱のあるところを捜してそこにネジ穴を開けなければならない。問題は、どうやってそれを見つけるかだ。壁には、もちろん壁紙が貼ってあって、どこが間柱なのかは見えない。壁を叩けば響きで大体どの当たりかはわかる。

大体わかればいいかと思ったのだが、買ってきたHDL-110B型(メーカー名は表示してないAmazon物品)は、寸法が微妙だ。横幅が、間柱の間隔より小さいかもしれない。間柱の端にひっかかれば、何とかネジ付けできるのだが、そうなると正確な間柱の位置が必要になる。これは叩いただけではなかなか難しい。

世の中には便利な道具があり、柱ディテクターとか壁裏ファインダーとかういう装置が売り出されている。高級品は超音波レーダーのようなもので?万円もする。3000円のものを取り付けるのにこんなものを買ってはおれない。安手のものはかなり不正確だということもネットには書いてある。

100円ショップで買ってきた磁石が役に立った。釘の頭くらいの小さなネオジウム鉄磁石が10個入り100円で売ってある。柱には必ず石膏ボードを釘で打ちつけてある。この磁石で釘の頭を捜せばよい。壁をこの磁石でなでてやると、すいつけられるところがある。ここが壁紙の下にある釘の頭だ。間柱の中心に近いと考えてよい。釘が2つ並んでいればその中間が1mm精度で間柱の中心と見てよい。安手の壁裏センサーよりもよほど確実だ。

正確な位置がわかってみると、間柱の間隔が455mmであることもわかる。石膏ボードの規格が910mmだからだ。金具の取り付けは最大で穴間410mmくらいだから、4センチばかり柱へのネジ付けには足りず、このままでは使えない。業者に壁面取り付けを依頼すると、壁の補強工事をするらしい。金具の幅が足りないからだろう。

なんで、4センチ足りないようなバカな金具設計をするのだろうかと疑問に思った。わかったことは、この金具は北米の2X4規格で、間柱の間隔を407mmと想定しているということだ。輸入品(中国製)だから仕方がないかもしれない。日本の規格は455mmである。2X4工法なら北米と同じかと思っていたのだが、北米のものとは異なるのだ。間柱の間隔を広げて、材料をケチるようになっている。

日本の住宅規格は特殊だということを覚えておかねばならない。結局、金具に別の穴を開けてなんとかぎりぎりで柱にネジ付けすることになった。やれやれ。

現代語訳教育勅語 [雑学]

大日本帝国憲法には様々な欠陥があったが、教育に関する事項がなにもないというお粗末もそのひとつだ。これをおぎなうために明治天皇は別の「勅語」を下した。

朕惟フニ 我カ皇祖皇宗 國ヲ肇ムルコト宏遠ニ 德ヲ樹ツルコト深厚ナリ 我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ 億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ 此レ我カ國體ノ精華ニシテ 教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス 爾臣民 父母ニ孝ニ 兄弟ニ友ニ 夫婦相和シ 朋友相信シ 恭儉己レヲ持シ 博愛衆ニ及ホシ 學ヲ修メ 業ヲ習ヒ 以テ智能ヲ啓發シ 德噐ヲ成就シ 進テ公益ヲ廣メ 世務ヲ開キ 常ニ國憲ヲ重シ 國法ニ遵ヒ 一旦緩急アレハ 義勇公ニ奉シ 以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ 是ノ如キハ 獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス 又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン 斯ノ道ハ 實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ 子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所 之ヲ古今ニ通シテ謬ラス 之ヲ中外ニ施シテ悖ラス 朕爾臣民ト倶ニ 拳拳服膺シテ 咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

戦前の日本ではこれをありがたがって、全ての子ども達に暗誦させたりした。いまだに右翼趣味でこれを復活させようとしている人たちもいる。しかし、難しくて、今の若者には、何のことかわからないというのが本当のところだ。それで、現代語訳というのがあちこちに出ているが、そろいも揃って誤訳というより嘘訳と言うべきひどいものばかりだ。「なんじ臣民」がどうして「国民の皆様」なのだ。勅語は完全な上から目線で貫かれているから「お前ら家来ども」としか訳しようがないではないか。まじめに現代語訳をすれば以下のような馬鹿馬鹿しいものになる。

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私が思うには、わが天皇家の先祖は国家統治を始めたときから、遠大な展望のもと、道徳教育を非常に重要視して来た。わが天皇家の家来がみな忠義で、親孝行であり、多くが心を合わせて素晴らしい成果を挙げて来たことは、天皇家の統治体制のたまものであるが、教育が果たしてきた役割も実に大きいのである。

お前たちは、天皇家の家来として、親に孝行をつくし、兄弟は助け合い、夫婦は仲睦ましく、友人を信頼し、そして自分の言動を慎み、世間には人情厚く、学問を怠らず、仕事の腕を磨き、知的訓練を積み、人格を磨き、進んで、社会公共のために貢献し、常に国家には従順で、法律を守り、非常事態には勇敢に出征を志願しなければならない。こういうことで、天皇家の隆盛を支えるのがお前たちの任務である。

こういったことをすれば、私の家来として忠義なだけでなく、お前たちの先祖の伝統を踏襲しその行いの正しさを証明することにもなるのだ。この道は天皇家の先祖から伝わる言いつけであり、家来も子孫もまもらなければならない決りであり、今も昔も変わらず、いつの世にも正しいし、外国にだって押し付けて良い。

私は、お前ら家来と共に、この決まりを深く心に留めて、人格を立派にできるようにしたいと切実に願っている次第だ。
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天皇家の歴史が、兄弟で殺し合い、親と争うまさに、骨肉相食むものであたったことは日本書紀でさえ隠してはいない。武烈天皇に至っては、妊婦の腹を割いてみたり、女を裸にして馬と交わらすといった変態殺人鬼だった。「德ヲ樹ツルコト深厚ナリ」もないだろう。

明治天皇本人が10人以上の愛人を抱えており、大正天皇は妾の子であったのに「夫婦相和シ」は笑える。まさにそらぞらしい言葉の羅列なのである。その上、「之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」と外国人にまで臣民の道を押し付け、世界征服を狙う願望を丸出しにしている。各国から批判を浴びても仕方ない代物だ。

教育の規範としてどうしようもなくダメなのは、過去に対する反省がないことだ。人類は様々な間違いを犯してきた。これを真摯に反省し、新たな未来を築いて行こうというのが教育の原点なのだが、勅語で言っていることは逆である。事実を隠して、過去になんの間違いもないし、現在もない。未来永遠このままで良いとしているのである。これでまともな教育はできない。

ルービックキューブの解法を考える [雑学]

ルービックキューブが再び流行しているようだ。80年代には、多くの人がチャレンジした難問だったのだが、今ではネットで「やり方」が見つけられ、誰でも出来る。むしろ、速さを競うことになっているようだ。しかし、「やり方を覚える」では、パズルとしての面白さがない。やはり、自力で解いてみるというのが本来の楽しみ方ではないだろうか。

まずは、ぐるぐる廻してみて、ルービックキューブの特性というものを理解する。コマは、エッジ(8)、コーナー(8)センター(6)の3種類あって、当然ながら、これらは混じらない。自由自在に動くようだが、おき方で向きが変わるように見えるが、実はセンターは動かない。だから、各コマの正しい位置というのは一意的に決まっている。自由自在の範囲は、実はそう大きくないのだ。

順次、コマを正しい位置に動かして行けばパズルは完成する。最初の部分は易しいのだが、だんだん難しくなってくる。なぜ難しいかと言えば、一つのコマだけでなく、他のコマも一緒に動いてしまい、せっかく正しい位置に置いたコマが、ずれてしまうからだ。他のコマを動かさずに1つだけ動かせれば、話は簡単だがそうは行かない。あまりに多くのコマが同時に動いてしまうために、次の状態を予測することさえ難しい。

1つのコマだけを動かすことは出来ないとすれば、組み合わせで、最小限のコマの動きを作ることを考えるしかない。基本的に反対回しをすれば、多くのコマはもとに戻る。一番簡単なのは、正面から見て真ん中を向うに廻し、正面を180度左回し、真ん中を手前に廻し、正面を180度右回しというものだろう。全部、反対の動きを重ねているから、結果的に3つのコマが動くだけで、他に影響は与えない。しかもこれはエッジだけが動く。動くコマの数が少なければ、次にどうなるかを考えることもできる。

一番簡単な手順で真ん中を動かすのは、左右の対称性を保って動きを制限するためだが、正面の回転を180度にしたのも同じ理由だ。これを90度にすると5つのコマが動くことになる。4つは正面だが、1つは背面になる。少し動きは複雑だが、動くのはエッジだけで、コーナーは全く動かない。

左回しから始めた正面の回転を右回しから始めても同じく5つが動く。しかし、動きが逆なので、この2つを重ねると、背面からコマが戻り、面内の3つだけが動くだけになる。少ない数のコマの動きを使えば、次にどうなるかを考えることができる。動きの組み合わせを考えていけば、必要な操作にたどりつける。

エッジだけの操作が出来るのだから、まず、最初のまだ自由度が高いうちに、コーナーを揃えてしまうのがよろしかろう。コーナーを揃えてしまえば、あとは、コーナーを一切動かさずに全部をそろえることができるからだ。一旦コーナーを揃えてしまえば、試行錯誤しながらも、コーナーを崩さずに完成まで持っていける。これは大きい。変数分離ができれば、微分方程式が解きやすくなるのと同じだ。

コーナーを動かすのは対称性がとれないから動くコマ数はどうしても多くなるのだが、どうせエッジはあとでそろえるのだから、この段階ではエッジの動きは無視できる。コーナーだけに着目すれば動くコマの数は8つしかないのと同じだから、動きを考えることができる。

上面4つのコーナーをそろえるのは難なくできる。しかし、これを崩さずに下面を動かすわけにはいかない。そこで、1つだけを下面に動かすことを考える。これをまた元に戻す前に、ちょっと下面を動かしておけば、結果的に下面だけが動くことになる。これもなるべく簡単な動きを追求する。そろえた所を崩しても、すぐ戻すのであれば、迷子になることはない。

下面だけの動きとしては、2つのコーナーが入れ替わる組み合わせ、3つのコーナーが回転する組み合わせなどが得られる。下面には4つしかコーナーはないので、こういった動きを適当に試行錯誤しながら組み合わせていけばコーナー全部が合った状態に持って行ける。

一度この状態を実現すれば、前に述べたエッジの操作をすればよいのだから、もはやコーナーが崩れることはない。1つ操作が見つかれば、事前に位置を動かして、操作が使える位置に持ってくることで、操作の適用範囲が広げられる。

コマの動きに行き止まりはなく、すべて順送りである。つまり、どのような手順であっても、同じ手順を繰り返していけば、いつかは必ず元に戻る。これも重要な事実だ。5個が動く手順は、5回繰り返せばもとにもどる。この途中でそのうちの3個だけが動く手順を入れれば、5個の順序を入れ替えることができる。これを使えば、あちらを立てればこちらが立たずの状況から抜け出すことができる。

組み合わせの組み合わせなどということをするので、操作は多い。考えながらだから、短時間でというわけには行かないのだが、こういう風に考えて行けば、確実に解決にたどり着けるのである。一番簡単な動かし方ばかりを使うのだから、特に手順を覚えたりする必要はない。自分で考えて、初めて解いたときには、何ともいえない満足感を味わったものだ。


非推移サイコロの不思議 [雑学]

サイコロを1つ選んで、投げて出た数が多いほうが勝つとしよう。少し変わったサイコロだが A,B,Cの3つのサイコロを使う。6つの面にはそれぞれ次のような数字が書いてある。

A={ 3, 4, 5, 17, 20, 22}
B={ 7, 8, 9, 10, 11, 26}
C={ 1, 12, 13, 14, 15, 16}

数字の合計はどれも71になるから、出る数字の期待値は71/6で、どれも等しい。だからどのサイコロ使っても勝負は五分五分になるはずだと思う人が多いだろう。ところが実はそうではない。AとBで、どちらが有利になるか調べて見よう。それぞれ、6つの数字があるからこの勝負は36の場合に分かれる。表にして、それぞれ、AかBか、どちらが勝つかを書き出して見る。

A
3 4 5 17 20 22
B 7 B B B A A A
8 B B B A A A
9 B B B A A A
10 B B B A A A
11 B B B A A A
26 B B B B B B

15対21でBが有利なことがわかる。勝利の確率は、平均値の大小ではないのだ。
それでは、AとCではどうだろう。 同じように表を作って調べて見ると

C
1 12 13 14 15 16
A 3 A C C C C C
4 A C C C C C
5 A C C C C C
17 A A A A A A
20 A A A A A A
22 A A A A A A

やはり、15対21で、Aの方が有利であることがわかる。つまり、CよりもAが有利で、AよりもBが有利であることがわかった。それでは、BとCを比べてみよう。当然、BがCより有利だと予想する人もあるだろう。しかし、それは推移律が成り立つという仮定に基づいている。実は確率には推移律は成り立たないのだ。やはり表を作ってみると

B
7 8 9 10 11 26
C 1 B B B B B B
12 C C C C C B
13 C C C C C B
14 C C C C C B
15 C C C C C B
16 C C C C C B

なんと25対11でCの方が有利となる。A、B。Cの三つのサイコロは三つ巴の関係にあるのだ。じゃんけんの事を思えばよい。グーはパーに100%の確率で負け、パーはチョキには100%の負けるのだがチョキとグーではグーが100%勝つ。説明を聞いても、やはり不思議だと思う人も多いのではないだろうか。
<この数字の組み合わせを見つけるには、それなりに努力もあったのだから、使う人はこのサイトのオリジナリティーを尊重してくださいね。>

山手線の架線支柱はなぜ倒れたか [雑学]

4月12日の朝、山手線の神田・秋葉原間で架線の支柱が線路上に倒れ、危うく大事故になるところだった。なぜこの支柱が倒れるということになったのだろうか。その原因を考えてみた。

事故が起こったのは、架線の終端部だ。架線は5トンもの張力で引っ張られており、片側からだけ引っ張られれば、支柱は当然倒れる。支柱が倒れるのを防ぐため、別の支柱の根元にステーが張ってあった。支柱そのものは線路をまたいで対になっており鉄の架橋で結んである。

倒れたのは、このステーが根元に張ってあった支柱で、架線には使われていなかったので、相方の支柱との間にある架橋を取り外したということだ。

支柱は高さ7mの鉄製パイプで重さ1.3トン、0.8mX2mで高さ0.8mのコンクリート基礎の上に設置されていた。この基礎は土中の2.5mX2.5mコンクリートで固められており、コンクリートの厚さは1mなどと報道されている。しかし、これは重さ3トンと発表されていることと矛盾する。1mも厚さがあれば10トンを超えるはずだ。現場の写真を見てみると、どう見ても厚さは50cmくらいしかない。底面はでこぼこだから、実効厚さ0.4mだと見える。これでも重さは6トンになる。

柱の高さは7mということだが、実はその上に架橋の残骸と思われる鉄の構造物が乗っかっているから、高さは8mにはなるだろう。残骸の重さは1トンと見ておこう。底面が2.5mしかないことを考えるとこれは、かなり安定性が悪い構造物だ。

倒れるかどうかは、モーメント計算になる。捨てコンの端を中心とするモーメントを考えてみる。大きな問題は、ステーが取り付けられているのが、根元といいながら支柱の基礎ではなく、支柱の下から1.5m位の所だということだ。ステーが40度くらいの角度で張られていたとすると、回転中心から見て力の方向は、丁度90度、つまり一番回転モーメントが大きくなる方向だ。

復元側のモーメントは、以上のデータでざっと計算して見ると、基礎が3.5tm、土台が6.7tm、支柱自体が3tmで合計13.4tmある。これに対して、ステーの張力によるモーメントは、5トンの50度分力として8tm位だから、5tm位の余裕はある。しかし、これは支柱が傾いていないという場合のことだ。

支柱が傾くと復元力は少なくなって行く。傾きが10度になれば、余裕は2tmになり、15度でゼロになる。つまり、もともと15度の傾斜で倒壊する物だったのである。

電車の通行で、かなりの振動がある。5トンの張力で張った架線の振動と電車の振動が共鳴すれば、張力は変動し、そのピークはかなり増える。ちなみに、張力が8.5tになれば、傾いてなくとも倒壊する。実際には、地盤の軟弱さが効いている。張力の変動のたびに、土台は、片側が沈み込み、傾いていっただろう。倒壊の状況から土台の片側が沈み込んでいることが伺える。事故の2日前に、すでに支柱の傾きが目撃されていた。

前述したように、支柱が傾くと復元力が弱くなる。10度傾いていた場合、張力が6トンを少し超えただけで倒壊することになる。傾きで、モーメント安定性が悪くなるという説明のスケッチを図に示しておく。

架線がつながった方の支柱は、傾きはしたが、倒壊しなかった。これは、架橋でもう一つの支柱につながっていたからだ。架橋がある状態で倒壊するには、架橋を大きく捻らなければならない。この抗力が倒壊を防いだのだ。その意味では、ステー側の支柱の架橋を取り外したことも、倒壊の原因になったと言える。
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いずれにせよ、簡単な考察でも危ないとわかるようなステーの取り方をしていたことは問題だと思う。JRは何の計算もせずに工事をしているのだろうか?曲芸的な階層構造で東京上野ラインを増設した工事は、本当に大丈夫だろうか。

エントロピーの正体を説明して見る [雑学]

エネルギーは割とわかりやすい。しかし、エントロピーはわかりにくい。熱力学を使って抽象的な説明をされても、なかなかわかった気がしないのではないだろうか。温度はどうだろう?体感出来るから直感で理解できそうだが、本当は得体が知れない。エネルギー、温度、エントロピーは3点セットで理解する必要がある。抽象的でなく、実体に則した説明を試みる。

熱はエネルギーの形態の一つだということはわかる。当然、大きなエネルギーがあると温度は高くなる。しかし、大きなものは少しくらいのエネルギーで熱くはならない。温度というのは大きさあたりのエネルギーと言えそうだ。しかし、この場合大きさというのは何だろうか? 分子の数でも良さそうだがそればかりではない。気体の場合、分子が飛び回る空間が違えば入るエネルギーの量も違う。しかし、体積としてしまうのもおかしい。固体の場合もあるし、回転のエネルギーを持てる分子もある。

そこで、これらを一般化して状態数ということを考える。体積が大きければそれだけ分子の位置という状態が増える。分子が多ければそれだけ分子配置の状態が増える。何でもいいから、状態があれば、それが熱の入れ物になる。「エネルギー=温度X状態の数的なもの」と考えれば説明がつきそうだ。状態数の少ないものは少しの熱ですぐ温度が上がる。体積とか質量とか回転自由度とか、みなひっくるめて状態で片付く。

熱エネルギーの入れ物の大きさがエントロピーであり、その正体は状態の数だという理解でよさそうだが、この説明で、何でも一緒くたな「状態」として数だけの問題にしてしまうことには引っかかりがある。実際、いろんな状態は決して平等ではない。しかし、このことは後回しにして、今のところは状態ということで、ひとくくりにしておこう。実は先に片付けなければならない問題があるからだ。

それは状態数は常に掛け算になるということだ。(全体の状態数)=(Aの状態数)X(Bの状態数)である。ある温度にある系の全体をAとB、2つの部分に分けて考えてみよう。(全体のエネルギー)=(Aのエネルギー)+(Bのエネルギー)でなければならないのだが、(エネルギー)=(温度)X(状態数)だとすれば、全体のエネルギーは個別のエネルギーの和にならない。

全体で考えた場合と、それぞれに分けて考えた場合で違ったエネルギーになってしまうのだから具合が悪い。この考えの行き詰まりを解決する方法がある。それは

S=Log(状態数)                 (注1)

というものを考えて、これをエントロピーと名づけ、エントロピーが、熱エネルギーの入れ物としての大きさとすることだ。そうすると(全体のエントロピー)=(Aのエントロピー)+(Bのエントロピー)だから、部分で考えても全体で考えても矛盾しない。エントロピーとは、<対数化した状態数>であり、熱の入れ物の大きさを表しているものである。いきなりLogといった数学関数が出てきてしまうのだが、これは状態数を測る物差しが変わっただけのものだ。状態数が2つの場合、エントロピーはLog(2)、状態数がNの場合はLog(N)がエントロピーになる。Log(2)を1ビットと言う。

ここで、先ほどの状態の不平等に話を戻そう。平等な状態数がNの場合、その一つの状態が起こる確率はP=(1/N)だから、エントロピーはS=Log(1/P)=-Log(P)と書いても良い。こうすると1粒子あたりのエントロピーが考えやすい。n個の粒子のエントロピーは-n Log(P)になる。

起こりやすい状態と起こりにくい状態の区別は、当然ある。状態数などということを持ち込むのに抵抗があるとすれば、これがその原因だ。S=-Log(P)と言えるのは、全ての状態の確率が等しい時でしかない。では、それぞれの状態になる確率p(i)が異なるときはどうなるだろう?

Log(1/P)は、それぞれの状態で異なるエントロピーの平均的なものだったと考えるべきだろう。一般にp(i)と言う確率分布があるとき、f(i)の平均は、Σf(i)p(i) になるから、エントロピーも

S=<Log(1/p(i))>=-Σp(i)Log(p(i))

とするのがよかろうということになる。概念の拡張になるが、1つの状態だけが確率1の時はS=0になるし、全部が等しい時は1/Pになるからこれで正しそうだ。状態数を確率に置き換えることでエントロピーの正体がはっきり定義された。エントロピーは確率しかわからない事象を、もし確定するとしたら、そのために必要な情報量という意味合いになる。これで「状態数」にまつわるあいまいさもなくなる。確率ゼロで実在しない状態ならいくらでも数えられるから、状態数などと言うのは、もともと、あいまいな言い方でしかない。エントロピー自体も温度で変化するので、エントロピーあたりのエネルギーと考えた温度も、正しくは

T=dE/dS

と、微分形で書かれる。これで温度とは何かもはっきりした。体で感じられることとは逆で、論理的にはエントロピーとエネルギーで温度が定義される。自然世界を数学で解釈するという奇妙な体験をするのが統計力学である。そのためか、エントロピーについては、俗論が多い。「乱雑さ」などと言う表現も必ずしも正しくない。乱雑な位置に置かれていても、それが定位置となっておればエントロピーが高いわけではないからだ。熱現象のように個々の構成要素の情報がなく、確率としてのみ捉えられる時にエントロピーが生まれる。エントロピーを言葉で表現するなら「確率分布の広がり」とでも言うべきだろう。

エントロピーの重要な役割と言えば「エントロピー増大の法則」がある。念のために言えば、これは、エントロピーが勝手に増大していくと言うことではない。変化がなければエネルギーもエントロピーも一定である。変化が起こる場合は、エントロピーが増大して行き、最大になったところで定常になるというだけだ。

変化がある場合として温度の異なる2つのものを接触させた場合のことを考えてみよう。2つのものの温度はだんだん同一になって行く。単純に状態数といった場合、何の変化もあるわけではない。しかし、エントロピーは状態数そのものではなく-Σp(i)Log(p(i))である。確率分布だから温度によって変化する。

温度が高かったほうのエントロピーは下がり、温度の低かったほうのエントロピーは上がるが、両者の和は増えるという結果になる。(*注2) 逆方向の変化、つまり温度が等しいものが、異なる温度のものに分かれるというような場合は、エントロピーが減少するのだが、そのような事は起こらない。これがエントロピー増大の法則の意味だ。エネルギーだけで考えれば、両者の和が一定に保たれるから、どちらにも変化できることになってしまう。だから世界の変化を理解する原理にはエントロピーが必要になる。

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(*注1) 
普通はボルツマン定数が掛けてあるが、単位系だけの問題として省略する。
(*注2) 
温度の高かったほうをA、低かったほうをBとすると、dSA<0で、dSB>0 だが、全エネルギーは変化しないので
dE=TAdSA+TBdSB=0

これを全エントロピーの変化
dS=dSA+dSB

に入れてdSAを消去してやると
dS=(1-TB/TA)dSB

になり、dSB>0だし、TB < TAだからこれは必ずゼロより大きい。エントロピーは増大したことが示せる。この議論はエントロピーの正体とはかかわりなく、抽象的にそういったものがあると言うだけで、成り立つ熱力学の法則である。これが、エントロピーの正体をあいまいにする原因にもなっている。

ラグランジェの華麗な数学テクニック------未定乗数法 [雑学]

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ジョセフ・ルイ・ラグランジェはイタリアの生まれの数学者だが、活躍したのは、革命の熱気が立ちこめるフランス・パリだった。ラグランジェ補間だとか、解析力学のラグランジェ方程式で知られるが、数式をひねくり回す技術の達人である。彼の数学テクニックの華麗さは見事と言う他ない。ラグランジェ方程式の導出に使った未定乗数法が、統計力学にも、有限要素法にも、数理経済学でも必須となっている。多変数でも、多条件でも、最大値を求めたり、最適化をする場合は、ほとんどこの方法が使われる。最適化は、どの分野でも大きな関心事だ。

簡単のために、二次元で話を進めよう。f(x,y)の最大値を求める問題だ。単純な最大値問題なら、微分=0として解けばいいのだが、これに条件g(x,y)=0が加わるとややこしい。g(x,y)の詳細を個別に検討しないとなんとも言えないように思われる。しかし、ラグランジェの方法を用いれば、g(x,y)が何であろうと、

h(x,y,λ)=f(x,y)+λg(x,y)

をx,y,λでそれぞれ微分してゼロとして解けば良いということになる。複雑な束縛条件が、まるで魔法のように消えてなくなる。なぜそうなるのかは、自明ではない。ましてや、彼がどのようにしてこの方法を思いついたのかは凡人の知るところではあり得ない。その中身を少し見て見よう。

f(x,y)の最大値というのは、等高線が示された地図の最高地点を求める問題と同じだ。言うまでもなく最高地点は、山頂である。dF/dx=0 dF/dy=0 を解けばすぐに求まる。条件g(x,y)=0というのは、山道のようなものだ。山道Sに沿って歩くとき、一番高度の高いのはどの地点かという問題が条件付最大値問題に当たる。この場合も、地図の上では簡単にP点であることがわかる。しかし、これを式で解くにはどうするか?

P点の特徴は、山道Sと等高線が接していると言うことだ。つまりSに沿って歩けば、上りから下りに移る平坦な所があり、そこが最高点だ。Sに沿っての f(x,y)の微分はゼロになる。しかし、道の左右は山肌ないし崖になっており、Sに沿わない方向への微分はゼロでなく、傾きを持っている。ここがタダの最大値問題と違うところだ。Sは曲がりくねっておりS方向などと言うものは一定ではないから困る。

勝手に導入した関数ではあるが、h(x,y,λ)をもう少し良く見て見よう。S上の全ての点で、g(x,y)=0だからS上では、λがなんであろうとh(x,y,λ)はf(x,y)と同じ値を取る。しかし、Sから少し外れると、g(x,y)はゼロでない値を持ち、λg(x,y)だけf(x,y)と違ってくる。この違いを、 f(x,y)の傾きと逆に合わせてやれば、ハズレ方向の傾きをゼロにできる。つまり、λの値を調整すれば、h(x,y,λ)はP点でのSでない方向の微分がゼロになるようにできることになる。

S上ではh(x,y,λ)と f(x,y)は同じ値なのだから、もともとh(x,y,λ)のS方向の微分はゼロだ。2次元で2方向の微分がゼロなら、どの方向の微分もゼロになる。平面の傾きはは2軸で決まってしまうからだ。だから、P点ではx方向の微分もy方向の微分もゼロになる。λでの微分は条件式そのものだからもちろんゼロになる。ラグランジェは、得体のしれないS方向を、x方向、y方向にすり替えてしまうのだ。

h(x,y,λ)は勝手に作った関数だから f(x,y)とは異なる。しかもλは未定だ。しかし、目的はP点のx,yを求めることだから、そんなことはどうでも良い。3つの式があれば3つの未知数が求まる。こうして、条件付きの最大値問題が何でも解けるようになった。その時のλは偶然の値ではない。これが物理的意味を持つことが、このテクニックのさらなる凄さだ。統計力学の分配関数はλとして求められる。

尊徳 二宮金次郎 [雑学]


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ベジタリアンの策術論理 [雑学]

健康志向で野菜食が宣伝されている。健康には野菜ということで、菜食主義にすればガンでも治るという主張が蔓延するようになってきた。なかなか、そこまで踏み込めない普通の人達は、ベジタリアンを意思の強い人と尊敬するしかない風潮だ。ガンになった人達は、なんとか助かりたいと言う想いで多少たりともベジタリアンを真似ることになる。

しかし、なぜ菜食主義がガンに良いのかは、全く明確ではない。明確でないのにあたかも事実であるかのように押し付ける語り口が、どうも策術的で気に入らない。菜食で免疫力が高まったとか、玄米食でガンが治ったとかが、何の統計データもなしに語られている。野菜食がガンに効くことを前提にした本が色々と出版されているのに、根拠が示されていないことが不思議だ。いやいや、根拠らしきことは書いてあるのだが、よく読んで見ると実は根拠になっていないものばかりだ。例えばこんな記述だ。

ローレンス・リブモア国立研究所は5年にわたり、肉からどんな毒物ができるかを研究した。そして、染色体に損傷を与えガンに関係する化学物質が8個あることを確認した。これらの物質は豆腐やチーズからはできてこない、と同研究所主任研究員は述べている。

研究所の名前とか5年とか権威付けをするが中身はあいまいだ。肉に含まれる有害物質が何で、どれだけあるかは書いてない。あたかも豆腐には全く有害物質がないかのように受け取れるが、そうは書いてない。豆腐にも、肉にない有害物質が含まれているのだが、それについては触れない。

亜硫酸塩は肉製品に存在する。それは人体内で他の物質と化合し、ニトロソアミン(非常に強力な発ガン物質)を形成する。

これはどうだろう。亜硫酸塩が多い食品はワインで過発酵防止のために昔から添加されている。見た目をきれいにするために、ドライフルーツや甘納豆、エビ、干瓢、蓮根、栗、干し柿には必ず使われており、これらに比べれば肉への自然含有ははるかに少ない。肉を排除して菜食を薦める根拠にはならない。亜硫酸塩と反応するアミノ酸は血液中に食べ物によらず一定含まれる人間にとって必須のものだ。

炭火焼ステーキ1キログラムには600本のタバコに含まれているのと同量のベンゾピレン(強力な発癌物質)が含まれる。
こういうことを言われると、ガンに悪いことで知られるタバコよりも牛肉がさらに悪いように聞こえる。ベンゾピレンというのが何かといえば、焼却炉などで有機物を燃やしたときに不完全燃焼で生じるものだ。空気や水を汚染して問題になる。当然、色んな食物にも微量に含まれ、含有量の多いものは規制されている。肉に多いわけではないのだが、「炭火焼き」でいっぱい焦げ目をつければ不完全燃焼でベンゾピレンを生じる。これは焼きナスでも同じことだ。その分量もさほど多くないのだが、これをわざわざタバコと比較する。タバコはいろいろ有害物質を持っているが、特にベンゾピレンが多いわけではないから600本に相当することになる。600本は50gだから、焦げ目をつけても40分の1にしかならない。ちなみにベンゾピレンが多いとして、日本からEUへの輸出が禁止されたのは鰹節だ。

ベジタリアンの食事は、フリーラジカル形成を妨げる物質が豊富である。酸素分子は体内で新陳代謝の連続によりフリーラジカルに変化する。この過程で電子を失って生じる分子を「フリーラジカル」という。これらの分子はすぐに他の分子から電子を奪い始めるが、この連続がさらにフリーラジカルを産み、その過程で脂肪酸、タンパク質、炭水化物、デオキシリボ核酸(DNA)に損傷を与える。 今日、60あまりの病気がフリーラジカルと関係があり、アルツハイマー、関節炎、多発性硬化症、そしてむろんガンも含まれる。 ベジタリアンの食事は自然にビタミンA、レチノイド、プロテアーゼインヒビターを含み、これらはフリーラジカル化の過程を阻害し、ガンの発達を停止させる能力があることが示されている。

この書き方は、もう少し手が込んでいる。難しそうなことを色々書いているが、大半はフリーラジカルの説明でしかない。結局、フリーラジカルが色んな病気と関係があり、ガンもその中の一つであるということに過ぎず、ガンとの関係は明白ではない。野菜食がフリーラジカルの発生を抑える理由は、「ビタミンA、レチノイド、プロテアーゼインヒビターを含む」からというのだが、ビタミンAは肉に多いし、レチノイドが多いのはレバーだ。これらがなぜフリーラジカルの発生を抑えるかは書いてない。根拠があるような雰囲気だけを作るもので中身はあいまいだ。

なぜ、こういった論理とも言えないレトリックが通じるかと言うと、ベジタリアンにとって理屈はあとからつけたものなのだ。大本の発想しては現代文明に対する不信だ。「昔は肉を食べていなかったから菜食が良いに決まっている」「植物は青々とさわやかだから良いに決まっている」「動物は汚らしいから肉は悪いに決まっている」。こうした宗教的ともいえる結論が先にあり、理屈は飾りにすぎない。

事実としては、人類100万年の歴史は、人間が本来食動物であったことを示している。穀類を主食としだしたのは、ここ何千年くらいに、文明が発達して本来の食生活がゆがめられた結果だ。太陽と水を原料にした植物はたしかに十分な栄養素を含んでおり、牛は草を食べるだけで、立派な血肉を作り上げる。しかし、そういった栄養を体内に取り込むためには、6つの胃で反芻したり、非常に長い腸を駆使する必要がある。草食動物の機能を持たない人間が、牛のまねをするのは無理だ。草食動物に植物をアミノ酸系に変換してもらい、この肉を食べて容易にたんぱく質を取るるのが食物連鎖における肉食動物の立ち位置だ。肉食が自然な姿なのである。

狩猟生活はその日暮らしで安定しない。文明が発達して穀類なら安定して入手できるようになって、人間はすっかり穀物に依存するようになってしまった。糖類は体にため置きが出来て飢餓に強い。余分に取った場合、脂肪に変換して体内に貯めておける。体脂肪の蓄積は脂肪を摂取することではなく、糖類の摂取で起こるのだ。際限なく糖類を摂取してしまう機構が人間にあることが仇となって、十分すぎる食物がある時代には、様々な問題が生じている。糖類だけで、無限に増殖を繰り返すことが出来るガン細胞の発生もその一つだ。

ガン細胞を制圧するには、糖類を絶つのが一番だ。人間の活動に必要なカロリーは、ガン細胞が好まないたんぱく質や脂肪で取ればいい。たんぱく質や脂肪はがんと闘う白血球などの免疫物質を作り出すこともできる。野菜を主食として大量に食べるのが本当のベジタリアンかも知れないが、実際にはカロリーを玄米食など穀類に依存してしまっている。これではガンを征圧できない。糖質を控え、しっかり肉類を食べること、これがガンと闘える食事療法なのである。ベジタリアンの欺瞞を見抜く必要がある。

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北一輝の日本改造法案大綱 [雑学]

北一輝を単なる右翼ではないと評価する論調を見かける。日本改造法案大綱に掲げる政策は、一部の富豪への富の集中を制限し、農地の小作人への分配を主張するなど、社会主義的な政策を含んでいるし、8時間労働など労働者の権利・人権も擁護している。

しかし、これらは当時の改革論者の誰もが主張した事である。特権階級が支配し、農民が困窮し、労働者が貧困であることは、救いようがない現実であった。問題はこれをどう解決するかにあった。マルクスは人類の発展史から考察し、階級闘争に至るのであるが、北一輝など、当時の人々にはこれを理解することができなかった。

当時の人々にとって、文明開化のインパクトは、とてつもなく強烈で、幕府制から天皇制への転換が、ここまで世の中を変えて、日清日露の戦争に勝利するといった結果までもたらしたことが、天皇制への確信を骨の髄まで染み渡らせていた。この奇跡は日本が神の国である以外に説明の仕様がないと思えたのである。狂信的天皇崇拝の思想が幕末の国学をはるかに越えて行き渡ってしまった。

北一輝の主張の眼目は、その政策ではなく、それをどう実現するかの手法にある。理想的な神の国であるはずの日本で、なぜ人民が塗炭の苦しみを味あわねばならないのか。北一輝はその根源を「君側の奸」に求めた。神である天皇が、人民の苦しみを救えないはずがない。それを妨げているのが、天皇の取り巻き、「君側の奸」なのである。

勇気ある人物が、身を捨てて「君側の奸」を除けば、問題が解決する。日本に必要なのはこうした憂国の士の決起であると説いた。2.26事件は、この呼びかけに呼応したものだった。

北の考えは思想と言えるほど根源的なものではなく、当時の気分と現実を折衷しただけのものであったから、逆に、教養の足りない青年将校たちにもわかりやすかった。クーデターを起こして、戒厳令のもとに、議会などに有無を言わせず政策を実施する。

しかし、いったい誰がこの政策を実施するのか。「君側の奸」を殺された天皇が、たちまち青年将校たちに共鳴して昭和維新を断行する立場に立つなどと言うのは夢物語に過ぎない。明治維新で、薩長の若手武士たちと天皇が意気投合したのは、幕府の小大名扱いでしかなかった天皇の地位をを持ち上げてくれたからである。最大限に権力を持っている天皇に若手将校の主張など興味もない。

実際には、信頼する「君側の奸」を殺された昭和天皇は、青年将校たちに激怒した。財閥は国力の源であり、天皇制支配に必須だった。農民から搾り取るためには地主制度が有効だ。労働者の貧窮など知ったことか。国が栄えるための犠牲はいくらでも払うのである。決起した青年将校たちは、必然的に裏切られることになった。

なぜ「君側の奸」が発生するかに北一輝の考えは及んでいない。重臣たちを殺しても、また他の「君側の奸」が生まれる。明治維新を担った青年志士たちが、全部「君側の奸」になって行ったのである。

過度な権力の集中が「君側の奸」を生み出すことは、普遍的事実として認識されている。19世紀には主流であった帝政・王政の国々は、結局「君側の奸」効果で自滅していった。もはや一人の人間に権力を集中して運営できる時代ではなくなっていた。天皇にすべての権力を集中したことは明治憲法の致命的欠陥だった。

権力を分散させた民主主義体制は、まどろっこしく、衆愚政治に陥りがちではあるが、それでも、大きな誤りを犯してしまう独裁よりも長期的には良い結果をもたらすことが確認されていると行って良い。これが民主主義の原理だ。

北一輝はマルクスも読んでいたし、民主主義も一応は知っていた。しかし、明治維新のあまりにも大きなインパクトのために、それを心で理解することができず、袋小路に陥ったのである。
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