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北朝鮮はなぜ強気なのか [北朝鮮]

核開発を誇示して世界の嫌われ者になるし、ミサイルは打ちまくる。バカじゃないかと言われているが、金正恩は案外賢いのではないだろうか。北朝鮮にとって一番大切なことはアメリカに先制攻撃をさせないことだ。イラクのフセインはこの戦略を誤ってアメリカに攻撃させてしまった。化学兵器の存在を疑われ、それが侵攻の理由になった。今ではこれがアメリカのウソだったことが明らかになっているが、フセインはむきになってこれを否定した結果、世界はアメリカの侵攻を容認してしまったのだ。

北朝鮮は、逆にアメリカを脅している。核実験を繰り返し、反撃用のミサイルを誇示し、北朝鮮の滅亡は近隣諸国を道連れにすることを強調している。これでは周辺諸国にとばっちりの被害があれば、アメリカの責任になる。アメリカを経済制裁の方向に誘導しているとも言える。経済制裁に腐心して、諸国を説得すればするだけ軍事侵攻はやりにくくなる。経済制裁に協力しろは軍事攻撃をしないという言質と引き換えになるからだ。イラクの時は経済制裁などということがなかったからアメリカの対応が仕方のないものに写ったのである。

北朝鮮がアメリカの先制攻撃をそこまで恐れるのは理由がある。ミサイルを撃ったりしなければ、アメリカの攻撃も経済制裁もないのにとは考えない。なぜなら朝鮮戦争は終わっておらず、休戦してはいるがまだアメリカとの戦争中であるという認識だからだ。そもそも朝鮮戦争はアメリカが海を渡って朝鮮に攻めてきた戦争だと考えている。まあ、歴史的にみればこの見方は正しい面もある。

第二次世界大戦が終わり、日本が朝鮮半島を放棄したあと、4、5年は国連の信託統治下に置いて独立の準備をさせようと米ソは考えた。38度線を境界に米ソが治安を受け持つということで合意した。しかし、これは朝鮮を見くびっていたとしか思えない。もっと文明的には遅れたフィリピンでさえ戦後すぐに独立だから、朝鮮の人たちがそれに満足するはずがない。

日本の撤退と同時に「朝鮮人民共和国」の立ち上げが始まって、日本の朝鮮総督府は権限の委譲を承認した。今見れば名前からして共産主義風だが、まだ中華人民共和国もなかったから「人民共和国」にそのようなニュアンスはなく、実際、右翼から左翼までオール朝鮮といった構成になっていた。翌年の4月には選挙を行い正式な政府を樹立することが予定された。いち早く朝鮮に進出したソ連もこれを認めた。

ところがである。9月になって朝鮮に上陸したアメリカはこれが気に食わなかった。米軍は日本を軍政下に置いたのだが、朝鮮半島の38度線から南もこれに含めようとして、南朝鮮を米軍の軍政下に置くことを一方的に宣言した。新政府樹立のための「人民委員会」が各地で組織され、自治が始まっていたから、米軍の軍政部と二重行政になってしまった。米軍は人民委員会の解散を命令し、選挙も中止させた。米軍は朝鮮人民共和国を38度線より北に追いやったのである。

アメリカとソ連が38度線の南北を占領して、それぞれに北朝鮮と韓国を作ったと思っている人が多いが、子細を見るとそう単純ではない。人民委員会は北ばかりではない。済州島にもできて、これが何万人もの死者を出しながら一番強力に米軍に抵抗したという事実がある。南の端にあるからソ連が影響を与えたわけではないことはわかるだろう。朝鮮人民共和国に配慮してソ連軍は朝鮮半島から撤退した。

アメリカ軍は李承晩に「大韓民国」を組織させ38度線から南だけで選挙を強行した。これに対抗して北では「朝鮮民主主義人民共和国」が出来たのだが、この時はまだオール朝鮮の「朝鮮人民共和国」を引き継いだものだった。朝鮮から見れば攻めてきた米軍に南半分を取られたという意識で、これを取り返すために米軍に戦争を仕掛けたのが朝鮮戦争である。ソ連軍は撤退していたし、韓国はまだ名目だけのようなものだったから朝鮮軍対米軍の戦争になった。

ソ連から武器の供給を受けたこともあるが、北朝鮮は強かった。一時は米軍を釜山まで追い詰めた。日本の帝国陸軍は実際のところマッカーサーには負けてばかりで、一度として米軍を押し返したり出来なかったことを考えると北朝鮮の士気がいかに旺盛だったかがわかる。アメリカの侵略に反撃するという大義があったのだ。

しかし、米軍は増強され、仁川に逆所陸して形勢は逆転した。今度は逆に米軍が38度線から北に攻め込んだ。朝鮮全土を平定しようとしたのである。ここで米軍が中国にも侵入するのではないかとの懸念から中国が「義勇兵」を朝鮮に投入して38度線まで押し返すことになった。勝手に38度線を越えて進軍したことでマッカーサーは失脚した。北朝鮮は大日本帝国にも出来なかったマッカーサー軍に勝つという偉業を達成したことになる。これが今の北朝鮮の強気につながっている。

38度線で休戦協定が結ばれ、南北の朝鮮はそれぞれの道を歩み出した。韓国は独裁政権や軍事クーデターといった紆余曲折はあったのだが、経済発展を経て民主主義が育つようにもなった。オール朝鮮だったはずの北朝鮮は、朝鮮戦争の戦時体制の中で強硬派が力を持つようになった。リベラル派は粛清されるようになり、金日成の独裁になっていった。歴史は必ずしも大義が正統とはならないのである。

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