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北一輝の日本改造法案大綱 [雑学]

北一輝を単なる右翼ではないと評価する論調を見かける。日本改造法案大綱に掲げる政策は、一部の富豪への富の集中を制限し、農地の小作人への分配を主張するなど、社会主義的な政策を含んでいるし、8時間労働など労働者の権利・人権も擁護している。

しかし、これらは当時の改革論者の誰もが主張した事である。特権階級が支配し、農民が困窮し、労働者が貧困であることは、救いようがない現実であった。問題はこれをどう解決するかにあった。マルクスは人類の発展史から考察し、階級闘争に至るのであるが、北一輝など、当時の人々にはこれを理解することができなかった。

当時の人々にとって、文明開化のインパクトは、とてつもなく強烈で、幕府制から天皇制への転換が、ここまで世の中を変えて、日清日露の戦争に勝利するといった結果までもたらしたことが、天皇制への確信を骨の髄まで染み渡らせていた。この奇跡は日本が神の国である以外に説明の仕様がないと思えたのである。狂信的天皇崇拝の思想が幕末の国学をはるかに越えて行き渡ってしまった。

北一輝の主張の眼目は、その政策ではなく、それをどう実現するかの手法にある。理想的な神の国であるはずの日本で、なぜ人民が塗炭の苦しみを味あわねばならないのか。北一輝はその根源を「君側の奸」に求めた。神である天皇が、人民の苦しみを救えないはずがない。それを妨げているのが、天皇の取り巻き、「君側の奸」なのである。

勇気ある人物が、身を捨てて「君側の奸」を除けば、問題が解決する。日本に必要なのはこうした憂国の士の決起であると説いた。2.26事件は、この呼びかけに呼応したものだった。

北の考えは思想と言えるほど根源的なものではなく、当時の気分と現実を折衷しただけのものであったから、逆に、教養の足りない青年将校たちにもわかりやすかった。クーデターを起こして、戒厳令のもとに、議会などに有無を言わせず政策を実施する。

しかし、いったい誰がこの政策を実施するのか。「君側の奸」を殺された天皇が、たちまち青年将校たちに共鳴して昭和維新を断行する立場に立つなどと言うのは夢物語に過ぎない。明治維新で、薩長の若手武士たちと天皇が意気投合したのは、幕府の小大名扱いでしかなかった天皇の地位をを持ち上げてくれたからである。最大限に権力を持っている天皇に若手将校の主張など興味もない。

実際には、信頼する「君側の奸」を殺された昭和天皇は、青年将校たちに激怒した。財閥は国力の源であり、天皇制支配に必須だった。農民から搾り取るためには地主制度が有効だ。労働者の貧窮など知ったことか。国が栄えるための犠牲はいくらでも払うのである。決起した青年将校たちは、必然的に裏切られることになった。

なぜ「君側の奸」が発生するかに北一輝の考えは及んでいない。重臣たちを殺しても、また他の「君側の奸」が生まれる。明治維新を担った青年志士たちが、全部「君側の奸」になって行ったのである。

過度な権力の集中が「君側の奸」を生み出すことは、普遍的事実として認識されている。19世紀には主流であった帝政・王政の国々は、結局「君側の奸」効果で自滅していった。もはや一人の人間に権力を集中して運営できる時代ではなくなっていた。天皇にすべての権力を集中したことは明治憲法の致命的欠陥だった。

権力を分散させた民主主義体制は、まどろっこしく、衆愚政治に陥りがちではあるが、それでも、大きな誤りを犯してしまう独裁よりも長期的には良い結果をもたらすことが確認されていると行って良い。これが民主主義の原理だ。

北一輝はマルクスも読んでいたし、民主主義も一応は知っていた。しかし、明治維新のあまりにも大きなインパクトのために、それを心で理解することができず、袋小路に陥ったのである。
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