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沖縄の人々が下した審判 [政治]

沖縄県議会議員選挙で、またしても沖縄の人達が基地をどう考えているかの審判が下った。知事選、衆議院選に続いて3度目になる。翁長知事与党が数を増やし、辺野古賛成派は敗退した。基地撤去は沖縄の人達の願いであり、いくら札束で顔をひっぱたいても変わらない。

ここまで明白な沖縄の人達の気持ちは、本土の人達に伝わっておらず、本土では反発はあるものの、やはり安倍政権はどの選挙でも安定多数を占めているのが現実である。

この違いは、受ける被害の深刻さにある。沖縄では身の回りに被害が迫っており、本土では、あくまでも他人事だ。沖縄の基地は防衛のために必要だという議論がまかり通っている。他人事である限り、必要だと言われれば、偉い人達の言うことを真に受けて、受け入れてしまう。

しかし、身の回りに迫った被害・危険があれば、本当に必要なのかと考えて見ざるを得ない。沖縄の人達は基地で守られているなどと感じない。あたりまえだ。どこの国であろうと、何の資源もないこの島を占領したいなどと思うはずがないのだ。基地があれば、それが元で攻撃対象となり、危険は増すだけだ。どう考えても、基地は沖縄の人達を守ることにならない。

沖縄の基地は、守るためではなく、攻めるためのものだ。米軍は沖縄をベースにアジア全体ににらみを利かす。基地は、中国やアジアの国々を脅すためにあるのだ。外国を脅すために必要だから、沖縄の人達はこうむる不利益を甘受しろと言うのでは、まったく説得力がない。

実は、これは本土についても言えることである。防衛のためと称して毎年多額の予算を消費している。盛んに中国や北朝鮮の脅威をあおって、防衛費を増額してきた。ついに4兆円を越えて、負担は過大なものとなっている。

翻って、「脅威」というのが、どれほどのものかを考えてみよう。日本には資源と呼べるようなものは存在しない。こんな島を誰が占領しようとするのか? 技術の蓄積や、優れた生産設備はあるが、それは日本を占領することで使えるものではない。日本に攻め込む意味が非常に想定しにくい。軍事は、「守るため」ではなく「脅すため」にしか使われていない。

防衛費負担が増えて、社会福祉を圧迫するようになったし、国家予算も赤字が累積している。現実に本土の人間も米軍・自衛隊の基地による不利益をこうむっているのだ。消費増税で国家収入を増やすにも限度があり、もはや増税が経済を圧迫する段階に来ている。さしもの安倍内閣も、増税を延期しなければならなくなったくらいだ。

国を維持するためには、防衛費を削減するしかない。必要なのは「税と福祉の一体改革」ではなくて「税と防衛の一体改革」である。毎年4兆円が浮けば、国民生活がどれだけ豊かになるか考えて見るがいい。

伊勢志摩サミットの成果 [国際]

大々的な宣伝とともに、莫大な経費を使って伊勢志摩サミットが開かれた。結果としていったい何が得られたのだろうか?何もない。「お互い、いろんな協力をしましょう」当たり前の事だ。何もわざわざ伊勢に来る必要もない。しいて言えば「世界の大国と言うのは我々なんですよ」とアピールしただけのことだ。オバマ大統領のヒロシマ訪問があったが、これはサミット自体とは関係がない。

安倍内閣としては、アホノミックスの異常な手法を国際的に信任してもらいたかったかもしれないが、これは見事に失敗した。ドイツなどが、財政健全化は当然のことだという常識を手放してくれなかったので、アホノミックスを礼賛してもらいたいいう安倍内閣の願いは聞き入れられなかった。当然のことだ。

このところアホノミックスはますます泥沼に陥り、財政赤字をどんどん増やしながら、財政出動を続けるに至った。金利をマイナスにまでして、設備投資の拡大を図るのだが、企業の方は溜め込むばかりで、一向に投資しない。法人税も引き下げに引き下げ、トヨタほどの大もうけをしても、税金を払わないところまで来た。全て国民から、消費税として巻き上げれば良いという無茶苦茶な企業保護だ。

パナマ文書が暴露され、世界の大企業や金持ちが、税金逃れをしていることが問題となったが、日本の企業や金持ちは、あまり出てこない。そのはずで、彼らにとっては日本自体が立派なタックスヘブンであり、何もパナマなどに頼らなくても良いからだ。国内は、金持ちにとっても、政治家にとっても、税金逃れの天国なのだ。

税と福祉の一体改革と称して、財政危機を理由に社会福祉を切り捨ててきた。財政健全化を最優先課題にしてきたはずだった。副詞の削減が達成されたら、とたんに財政危機の話はなくなった。消費税の増税が決まったら。とたんいに、軍事費を極度に増やし、企業減税を増やし、バラマキを始めたのである。

アホノミックスは、「財政赤字は知らん顔して、企業の便宜に金をつぎ込み、当面の不足は消費増税でまかなう」というのが、その骨子だ。「企業が儲かれば、国民にはおこぼれがある」がその根本前提だ。当然のことにこれは失敗する。サミットでこの非常識を財政出動促進という形で常識化しようとする試みも敗れた。

株高は、景気循環の波にのっただけのもので実はアホノミックスとは関係がないのだが、安倍内閣はこれを頼みの綱としてきた。その株高も明らかに峠を過ぎて下降局面に入ってきた。ここで消費増税をすれば、安倍内閣はアホノミックスの失敗を認めざるを得なくなる。

政権にもう少ししがみつきたい安倍としては、消費増税を日延べして、破綻の明白化を避けなければならない。伊勢志摩サミットを口実にすることを考えたのである。世界経済が未曾有の困難に直面し、「アホノミックスはうまく行っているけど、消費増税を延期すると」いったわけのわからない口実を持ち出したのである。

財政赤字はほったらかしだし、軍事費は後年度負担まで増額しているし、社会福祉はこれ以上減らせないところまで減らしている。安倍のあとを受けた内閣は大変なのだが、すべて、安倍の個人的な政権しがみつきを優先させているのが現実だ。日本の政治は劣化のきわみだ。

枡添は辞任するだろうか [政治と金]

枡添要一がまだ都知事の地位に固執して、四面楚歌の中で粘っており、脅威の鉄面皮を発揮している。だが、最終的には辞任することになるだろう。

枡添問題が長引いているのは、都議会自民党の動きが鈍かったからだ。猪瀬の時は、自民党が早々と辞任論に回った。オリンピックの開催が決まり、独自に動く猪瀬では利権配分に支障が出るからである。猪瀬に替わってオリンピック利権の配分を担って登場したのが枡添だから、ここで枡添を辞めさせれば、また利権の配分が振り出しに戻ってしまう。前々回、わずかな票しか取れなかった枡添をが当選したのはもちろん自民党の力だ。

できればこのまま、騒ぎが沈静化するのを待ちたかっただろう。枡添の金銭スキャンダルは今に始まったことではない。当ブログでも、知事選当時から「枡添要一のセコさ」と言う記事を書いているように、金に対する汚さは知事選に出る前から知られていたことである。自民党筋は金銭スキャンダルを了解済みで都知事候補にしたのである。

当ブログが予想したように、都知事になって枡添はスキャンダルをエスカレートさせた。それが、誰にもまったくわかりやすい形で現れてしまった。甘利と同じく、疑惑をすぐに弁解せず、日を置いて「第三者の調査」などという形にすることで、沈静化を狙った。しかし、このスキャンダルは「不法ではない」といった沈静化には、あまりにもわかりやす過ぎた。

大物政治家に対しては、細かいことには目を瞑れという擁護論が出てくる。甘利の時も「はめられた」などという風説を流すナトウヨがいた。しかし、家族の宿泊代とか焼肉屋の支払いとか、みみっちいセコさが目だって小物ぶりが目立ってしまった。豪華ホテルや別荘への公用車もわかりやすい。不適切すぎて、もはや知事に留まることも「適切でない」と判断されるようになった。

枡添に世論の支持は全くない。自民党は困惑しているだろう。参院選を控え、ごり押しで枡添擁護をやったのでは、国政選挙に響いてしまう。共産党が不信任案を提出するが、これを自民・公明の絶対多数で葬れば、当然世論の反発は大きい。あまり利権の恩恵にあずかれなかった維新などはさっさと辞任論を表明したし、すでに公明党の一部は、自公同盟を裏切り、世論におもねる動きを見せている。自民党内部にも動揺が広がることだろう。

収拾策は唯一つ。参院選の直前に辞任を発表し、実際の辞任は参院選後にするということだ。当面、XX日に結論を出すなどと発表して、早急な不信任の議論を避ける。これで参院選への影響は最小限にとどめられる。目下、枡添との間で辞任の取引条件を巡って、水面下のやりとりが行われていることだろう。枡添は猪瀬のような素人ではない。金に汚く、要求もなかなか手強いのだ。

事の本質は枡添の個人的な資質ではない。石原も豪華ホテルで外国漫遊をやっていたし、ありとあらゆる無駄使いをやった。どこでも資金不足な今日にあって、唯一金余りなのが東京都だ。一人当たりで、大阪の5倍の税収がありながら、普通の都市程度の福祉行政しかやっていない。東京都庁そのものが利権の巣窟であり、当然、石原や枡添のような輩が群がるのである。それを許してしまっているのだから、「東京都民はアホの集まり」と言われても仕方ない。

枡添君の誤算 [政治]

枡添要一知事がとうとう辞任した。世間から総スカンをくらい、仲間であるはずの自民党や公明党までも不信任案を出すという事態で観念せざるを得なかったのである。直ちに辞めず、副知事を選任してからにすると、粘り腰は変わらない。そもそも、ここまで頑張れるという精神力の強さには感嘆するほかない。超人ともいえる。

頭脳明晰、立ち回りがうまく、口も達者。不倫や誠政治資金の横領はずっと前から続いていたのだが、これまでうまく切り抜けてきていた。平気で「税金を私的に使う奴は泥棒だ」などと発言して、誰からも文句を言われなかったのである。誰からもと言うのは実は正しくない。共産党は早くから枡添君の金銭疑惑を問題にしていた。立ち回りの良さで、自民党公明党を味方につけ、数を頼んで押しつぶしていたのである。それが枡添君の政治手腕だった。

それが、ここに来て大きく狂った。大変見苦しい引き際を見せて、擁護する人は皆無という状態になってしまった。「なんで俺だけがこんなにいじめられればならないのだ」。枡添君は、納得できずにそうつぶやいている。豪華ホテル漫遊は石原だって散々やっていた。石原の無駄使いは桁違いに大きい。政治資金の私的流用は誰だってやっている。安倍晋三なんか政治資金を飲み食いばかりに使っている。法律をよく読んでみろ、政治資金はいくら私的に流用しても違法にはならない。

枡添政治学理論に従えば、これまでの行動は何の問題もないはずだ。初期の記者会見で枡添君は胸を張って答えていた。「厳正な第三者」の調査で、違法性がないことは確認されたはずだ。

石原の殿様が追及されずに済んだのは、「大物」演出に成功したからだ。「大物政治家だから細かいことは言うな」である。安倍晋三もこの手を使っている。残念なことに枡添君の場合、みみっちい流用で、小物感を作ってしまったのである。庶民は100億円になると実感がないが、1000円には目の色を変える。千葉のホテル、近所の焼肉屋、マンガ本。次々とみみっちい流用が浮かび上がったことで大物演出ができなくなってしまった。セコイ男のレッテルがべったりと貼り付いた。

立場の違いがわかっていなかったことも大きい。もし、大臣だったら、不適切だから大臣を辞任するが、合法だから議員にはとどまるという手が使えた。小渕裕子、西川公也、最近では甘利明がこの手を使った。定番の逃げ道になっている。ところが知事の場合、辞任すればただの人だ。往生際悪くしがみつく他なかったことが見苦しさを生み出した。

合法かどうかは、逃げ道のために人為的に作られた基準でしかない。政治家として本当に必要なのは適正かどうかと言うことだ。世渡り上手で、貧困からコネを使って這い上がってきた枡添君の政治学は、表面的な駆け引きに目を奪われて、基本の視点を失ってしまっていた。枡添君の政治生命あるいは社会生命はこれで終わりになるのだろうが、惜しいといえば惜しい、まともに育ってほしい人材ではあった。

第二第三の枡添君を生み出さないためにどうすればいいか。根本的にはいろいろあるが、目先として、最低限やらねばならないことは、やはり「不適切」と「不法」のギャップをなくすことだろう。政治資金は何に使っても良いという法律は明らかにおかしい。政治には金がかかると言うが、不適切な部分を除けば、実は金のかけようがない。選挙で撒けるビラは制限されているし、運動員に給料を払ってはいけない。

そもそも、議員になろうなどと言う人は、一定の支持者がいなくてはならない。ボランティアを募れないような人は議員になる資格がないだろう。巨額の政党助成金など必要なはずがない。株主のために利益を追求しなければならない企業が政治献金をするなどということは、買収行為でしかない。買収を認めている法律がおかしいのだ。

右翼、左翼と政治的主張はいろいろあるだろうが、金権腐敗をなくすことは主義主張を超えた緊急課題だ。いつまでも「政治と金」を放置しておけば、どちらの方向に進んでも日本は沈没を免れない。

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ベジタリアンの策術論理 [雑学]

健康志向で野菜食が宣伝されている。健康には野菜ということで、菜食主義にすればガンでも治るという主張が蔓延するようになってきた。なかなか、そこまで踏み込めない普通の人達は、ベジタリアンを意思の強い人と尊敬するしかない風潮だ。ガンになった人達は、なんとか助かりたいと言う想いで多少たりともベジタリアンを真似ることになる。

しかし、なぜ菜食主義がガンに良いのかは、全く明確ではない。明確でないのにあたかも事実であるかのように押し付ける語り口が、どうも策術的で気に入らない。菜食で免疫力が高まったとか、玄米食でガンが治ったとかが、何の統計データもなしに語られている。野菜食がガンに効くことを前提にした本が色々と出版されているのに、根拠が示されていないことが不思議だ。いやいや、根拠らしきことは書いてあるのだが、よく読んで見ると実は根拠になっていないものばかりだ。例えばこんな記述だ。

ローレンス・リブモア国立研究所は5年にわたり、肉からどんな毒物ができるかを研究した。そして、染色体に損傷を与えガンに関係する化学物質が8個あることを確認した。これらの物質は豆腐やチーズからはできてこない、と同研究所主任研究員は述べている。

研究所の名前とか5年とか権威付けをするが中身はあいまいだ。肉に含まれる有害物質が何で、どれだけあるかは書いてない。あたかも豆腐には全く有害物質がないかのように受け取れるが、そうは書いてない。豆腐にも、肉にない有害物質が含まれているのだが、それについては触れない。

亜硫酸塩は肉製品に存在する。それは人体内で他の物質と化合し、ニトロソアミン(非常に強力な発ガン物質)を形成する。

これはどうだろう。亜硫酸塩が多い食品はワインで過発酵防止のために昔から添加されている。見た目をきれいにするために、ドライフルーツや甘納豆、エビ、干瓢、蓮根、栗、干し柿には必ず使われており、これらに比べれば肉への自然含有ははるかに少ない。肉を排除して菜食を薦める根拠にはならない。亜硫酸塩と反応するアミノ酸は血液中に食べ物によらず一定含まれる人間にとって必須のものだ。

炭火焼ステーキ1キログラムには600本のタバコに含まれているのと同量のベンゾピレン(強力な発癌物質)が含まれる。
こういうことを言われると、ガンに悪いことで知られるタバコよりも牛肉がさらに悪いように聞こえる。ベンゾピレンというのが何かといえば、焼却炉などで有機物を燃やしたときに不完全燃焼で生じるものだ。空気や水を汚染して問題になる。当然、色んな食物にも微量に含まれ、含有量の多いものは規制されている。肉に多いわけではないのだが、「炭火焼き」でいっぱい焦げ目をつければ不完全燃焼でベンゾピレンを生じる。これは焼きナスでも同じことだ。その分量もさほど多くないのだが、これをわざわざタバコと比較する。タバコはいろいろ有害物質を持っているが、特にベンゾピレンが多いわけではないから600本に相当することになる。600本は50gだから、焦げ目をつけても40分の1にしかならない。ちなみにベンゾピレンが多いとして、日本からEUへの輸出が禁止されたのは鰹節だ。

ベジタリアンの食事は、フリーラジカル形成を妨げる物質が豊富である。酸素分子は体内で新陳代謝の連続によりフリーラジカルに変化する。この過程で電子を失って生じる分子を「フリーラジカル」という。これらの分子はすぐに他の分子から電子を奪い始めるが、この連続がさらにフリーラジカルを産み、その過程で脂肪酸、タンパク質、炭水化物、デオキシリボ核酸(DNA)に損傷を与える。 今日、60あまりの病気がフリーラジカルと関係があり、アルツハイマー、関節炎、多発性硬化症、そしてむろんガンも含まれる。 ベジタリアンの食事は自然にビタミンA、レチノイド、プロテアーゼインヒビターを含み、これらはフリーラジカル化の過程を阻害し、ガンの発達を停止させる能力があることが示されている。

この書き方は、もう少し手が込んでいる。難しそうなことを色々書いているが、大半はフリーラジカルの説明でしかない。結局、フリーラジカルが色んな病気と関係があり、ガンもその中の一つであるということに過ぎず、ガンとの関係は明白ではない。野菜食がフリーラジカルの発生を抑える理由は、「ビタミンA、レチノイド、プロテアーゼインヒビターを含む」からというのだが、ビタミンAは肉に多いし、レチノイドが多いのはレバーだ。これらがなぜフリーラジカルの発生を抑えるかは書いてない。根拠があるような雰囲気だけを作るもので中身はあいまいだ。

なぜ、こういった論理とも言えないレトリックが通じるかと言うと、ベジタリアンにとって理屈はあとからつけたものなのだ。大本の発想しては現代文明に対する不信だ。「昔は肉を食べていなかったから菜食が良いに決まっている」「植物は青々とさわやかだから良いに決まっている」「動物は汚らしいから肉は悪いに決まっている」。こうした宗教的ともいえる結論が先にあり、理屈は飾りにすぎない。

事実としては、人類100万年の歴史は、人間が本来肉食動物であったことを示している。穀類を主食としだしたのは、ここ何千年くらいに、文明が発達して本来の食生活がゆがめられた結果だ。太陽と水を原料にした植物はたしかに十分な栄養素を含んでおり、牛は草を食べるだけで、立派な血肉を作り上げる。しかし、そういった栄養を体内に取り込むためには、6つの胃で反芻したり、非常に長い腸を駆使する必要がある。草食動物の機能を持たない人間が、牛のまねをするのは無理だ。草食動物に植物をアミノ酸系に変換してもらい、この肉を食べて容易にたんぱく質を取るるのが食物連鎖における肉食動物の立ち位置だ。肉食が自然な姿なのである。

狩猟生活はその日暮らしで安定しない。文明が発達して穀類なら安定して入手できるようになって、人間はすっかり穀物に依存するようになってしまった。糖類は体にため置きが出来て飢餓に強い。余分に取った場合、脂肪に変換して体内に貯めておける。体脂肪の蓄積は脂肪を摂取することではなく、糖類の摂取で起こるのだ。際限なく糖類を摂取してしまう機構が人間にあることが仇となって、十分すぎる食物がある時代には、様々な問題が生じている。糖類だけで、無限に増殖を繰り返すことが出来るガン細胞の発生もその一つだ。

ガン細胞を制圧するには、糖類を絶つのが一番だ。人間の活動に必要なカロリーは、ガン細胞が好まないたんぱく質や脂肪で取ればいい。たんぱく質や脂肪はがんと闘う白血球などの免疫物質を作り出すこともできる。野菜を主食として大量に食べるのが本当のベジタリアンかも知れないが、実際にはカロリーを玄米食など穀類に依存してしまっている。これではガンを征圧できない。糖質を控え、しっかり肉類を食べること、これがガンと闘える食事療法なのである。ベジタリアンの欺瞞を見抜く必要がある。

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18歳 選挙のやり方 [社会]

今年から選挙の投票権が18歳からに拡大された。模擬投票をやったり、選挙に行こうと言うキャンペーンが繰り返されているが、投票は義務だから、忠実に実行しましょうねといったことに終始しているように見える。こんなキャンペーンに騙されてはならない。

選挙権は、もっと重大なもので、これを獲得するためにどの国でも多くの血が流されてきた。明治の昔にはごく一部の金持ちにしか与えられなかったし、女性の場合は第二次世界大戦で負けて、日本国憲法が施行されるまで、選挙権が与えられなかった。権力行使の唯一のチャンスであり、18歳の君がエライ政治家や大臣の上に立つ瞬間なのである。

18歳でも給料をもらえば、税金をとられるのだから選挙権は当たり前のことだ。昔から、選挙権は18歳からにすべきだという議論があったが、時の政府は取り合わなかった。若者は現状批判が強く進歩的であり自民党に不利だと決まっていたからだ。今頃、18歳選挙にしたのは、マスコミを通じてうまく丸め込めば不利ではないという新しい判断なのだろう。若者はなめられている。

議員の選挙は、AKB48の総選挙とは根本的に異なる。AKBの選挙は誰が歌うのかを決めるが、その結果はAKBメンバーに限ったことで、自分の身には降りかからない。議員の選挙は自分の身に降りかかる結果をもたらすのだ。国会で決めることが自分にどう影響するのか。自分は、社会の中でどのような位置にあるのか。選挙投票は自分を知ることから始まる。

世の中の人とたちの利害は相反する。誰にとっても良いことばかりではない。ある人にとって良いことは他のある人には悪いことであることが多い。だから選挙で決着をつける。自分の立ち位置を見極め的確な判断をすることは、生きる技術でもあるのだ。人気投票をやっている場合ではない。

国の運営にはお金がいるから税金を取る。消費税で貧乏人からも一律に取るのか、所得税で余裕のある金持ちから多く取るのか。これも一つの重要な選択だが、これを大所高所から判断できる立派な人を選ぶのが選挙だと思ってはいけない。選挙で問われているのは誰が立派かではなく、自分自身の意見なのだ。自分の意見を議会で代表してくれる人を選ぶのが選挙だ。

世の中が豊かで、自分は貧乏でないと思っている人は、金持ち優遇が良い。消費税の負担が重荷となっている人は税金は金持ちからとってほしいと思う。いったいどちらが多いのか。これを示す機会が選挙なのだ。国に対して進む方向を与えるのは選挙民でなければならない。

最大多数の最大幸福が民主主義の原理だ。世の中の人たちが、自分の利害に忠実に投票すれば、必ず多くの人にとって良い社会が実現されるはずだ。ところが実際にはそうなっていない。政治は複雑であり、ごまかしが横行する。多くの大人たちが、自分をしっかり見つめた投票をせず、「人気」や「知名度」、あるいは、「取引先に頼まれて」投票している。「大所高所から判断できる立派な人物」に投票して満足している人も多い。

求められているのは各自の政策判断だ。アベノミックスと言われる政策では、消費税を増やして、企業の税金は減らす。会社が潤えばやがて給料もあがると言うのだが、これを信じるかどうかが1つの争点だ。アベノミックスは前の選挙でも宣伝され、すでに実施された。消費税の増加分を上回る増収があったのかどうか、各自の判断が問われている。

選挙の争点は必ずしも明確に出てこない。前回の選挙も株高で企業の業績が上がることを売りにしたのだが、選挙後にやったことは、秘密保護法や海外派兵の戦争法案だった。今回も、こういった争点を隠している。日本国憲法をないがしろにしていいのかどうかも、実は大きな争点なのだ。年寄りは兵隊にされず、国内から行けと命令するだけだ。海外派兵で死ぬのは若者ばかりだ。

決して、「選挙に行くこと」だけが大切なのではない。隠された争点、明らかな争点、それを自分の立場から、自分で判断すること、これが選挙のやり方として一番大切なことなのだ。未来は若者たちのものだ。だらしのない大人たちのまねをしてはいけない。
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