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アメリカの大統領選挙と日本の政治 [政治]

アメリカで大統領選挙が進んでいる。半年以上も掛けて候補者の政見や主義主張が国民に明示される。派閥の談合で、どんな政見を持っているかも知らされず、表向きはあっというまに決まってしまう日本の首相とは大きく異なる。優れた指導者を選び出せるかどうかは、国の命運を決めるものだ。アホな指導者を選び続けておれば、長い目で見れば、其の国はやはり衰退していく。

大統領選挙には、国民の関心が大きく争点として現れる。サンダース、クリントン候補は、はっきりと、「貧富の格差」「財界との対決」を政策にあげている。もちろん反対意見もあり、トランプ候補は、実力主義を前面に掲げて「強いアメリカ」を作るとしている。メキシコとの国境に万里の長城を築くとかイスラム教徒を入国させないとか、極端な排外主義でザイトクのようなものだ。これはこれで、低賃金外国人に職を奪われた人たちの率直な気持ちを反映したものだ。

アメリカでは、選挙ではっきりとした対立点を明確にして、国民に選択を委ねることが機能している。これはうらやましいことだ。日本では大政党の候補者の言うことが皆同じだ。「貧富の格差」「財界との対決」について語った首相候補は誰一人いない。「財界との対決」などということは、共産党だけが言うだけだ。「貧富の格差」も社会的には大きな問題になっているが、対策を取るというのは、共産党だけで、どちらも極端な意見として無視し続けているのだ。

国会議員でも、大政党の候補者はいずれも、消費税の増税に賛成であり、福祉の削減に賛成であり、規制緩和に賛成であり、原発再稼動に明確な態度を示さず、まともな対立点を持たない。国民には選挙の争点が示されないのだ。民主党と維新が合併するそうだが、全く新鮮味がない。目指すところは政権交替だそうだが、争点なしの政権交替に何の意味もない。

現実の社会の問題を回避して、「一億総活躍」だとか「美しい国日本」などといったスローガンだけで押し通すことを是認している政治家選びが続いているのが現実である。どうせ、政治は誰がやっても同じだといった諦めを振りまくことで現状を維持しているのが日本の政治だろう。

当然のごとく、政党助成金の山分けや、パーティー券の売り上げが最大の関心事で、口利きや利権が蔓延する。何十年も「政治と金」が単なる個人の資質の問題として、攻撃したり、防御したりを繰り返している。政治には金がかかると開き直っている有様だ。これでは救いようがない。

どうすればいいのか? 結局は有権者がもう少し賢くなるしかない。どうせ誰がやっても同じだという先入観を排除するしかない。政権動向や社会的常識にとらわれず、ドライに政策で判断する投票姿勢を獲得することだ。今なら「消費税増税に反対なのか賛成なのか」「原発再稼動に反対なのか賛成なのか」「戦争法案と軍事費増に反対なのか賛成なのか」「非正規雇用を規制すべきなのか否か」

冷静に見れば、争点は明らかだ。争点をぼやかした「政治はだれがやっても同じだ」論への引き込みを拒否しなければならない。
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