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憲法記念日に思う [社会]

日本国憲法が68年を迎えた。ないがしろにされたり、攻撃されたりしながらも、生き延びてこられた。ほとんどの人にとって憲法は、生まれた時からそこにあった空気のような存在だろう。

驚くなかれ、昔はこういった憲法は無かったのである。女性は選挙に参加させないなどと言うイスラム国のようなことは、日本ではあり得ない。これは明らかな憲法違反であり、いかに多数派の政治家だってそんな法律は作れない。ところが日本国憲法ができるまで、大日本帝国憲法のもとでは女性蔑視は憲法違反ではなかった。現実に、女性の投票は、認めない法律が作られていたのだ。

人間には生きる自由がある。全ての人には幸せになる権利がある。全ての人には学ぶ権利がある。愛し合う二人の結婚は妨げられない。政府と公務員は国民のために働かねばならない。こういった、いわば、当たり前の事が、日本国憲法で初めて認められた。それまでは、こんな不遜なことは口に出すこともはばかられた。これが、わずか68年前のことだ。

日本国憲法は画期的なものだった。9条の平和条項も重要だが、それだけではない。日本人が、初めて人間としての自分を手に入れたのが日本国憲法なのだ。これが敗戦によってもたらされたことに不満を持つ人もいるが、内容的には、はるかに経緯の是非を超えている。大日本帝国憲法の下では、国体の変革は犯罪だったから、敗戦によるしか、改めようがなかったとも言える。

満州は日本の生命線だと言われていた。苦しいけど戦争に勝たねば幸せになれない。戦争に勝てば余裕もできて、いろんな事が自由になる。誰もがそう思って、鬼畜米英との戦争に邁進していた。終戦となって、気づいたのは、内心の奥深く望んでいたことは、実はこういった当たり前の権利だったということである。多くの人が新しい憲法の理念を感激を持って受け入れた。国会でも、ほぼ全員一致だったし、圧倒的な世論の支持を得たことも確かだ。

日本国憲法を全国民が一致して受け入れることにより、戦後の復興がもたらされた。国民統合の土台があったからこそ、戦後の混乱を乗り越えることが出来た。憲法は普通の法律ではない。国民に浸透し、圧倒的に支持されるものでなければ意味が無い。改憲論者もこのことだけは心してほしい。拙速で国論を2分3分することが、いかに不幸な結果をもたらすことであるかを考えてほしい。

大阪都構想勝負あった---悪化する医療 [政治]

住民投票が近づいており、橋下は巨額の税金を投入して宣伝に努めているが、論戦としてはすでに「勝負あった」になっている。統一地方選の結果がそれを示している。

吹田、寝屋川、八尾の市長選で維新候補が敗れた。維新候補は都構想を前面に立てての選挙だったこともあるし、吹田は現職だったから都構想候補に対する不信任と見て良い。八尾も松井知事の地元であるからして、やはり都構想への審判である。先の選挙で堺はすでに都構想を否定しているから、もう、都構想は大阪市だけの規模に縮小されてしまった。Greater Osakaはあり得ない。大阪の1/3でしかない大阪市だけが解散するという不利な状況に追い込まれた。

橋下の目くらましはあっても、周辺都市の目から見れば、都構想のあほらしさは明白だ。吹田市をつぶして吹田区にして何が良いのか。市でやって来た地方自治を府に返上してしまうだけのことだ。行政がますます市民から遠ざかる。

二重行政などということも、吹田ではピンとこない。住民票は市だし、危険物取り扱い者の試験は府だ。吹田市民が市内のガソリンスタンドにだけ勤めるとは限らないので、この切り分けは合理的だ。

実際には切り分けが出来ており二重行政などと言うことはないのだが、大阪市ではそれほどはっきりしない。どちらも「大阪」がついているから府なのか市なのかで迷うことがあるようだ。だからまだ「二重行政」が都構想支持の一番の理由になっている。しかし、これは言葉の綾に過ぎない。市立病院と府立病院があって二重だから片方はいらないなどと言うことはない。

府と市の両方があることで、むしろ大阪市民は得をしている。市を解体することでそれがなくなる。医療を例に取れば、それは明らかだ。現在、府立病院は5つあるのだが、その内2つは大阪市にある。市立病院は3つあって、その上に大阪市大病院があるから、もし、大阪市を解体すれば、府立の病院は9になり、そのうち6が旧大阪市ということになる。

当然、6/9は多すぎるという声が上がる。府議会議員の7割は大阪市以外だから、これに抗することは出来ないだろう。大阪市の医療事情は確実に悪くなる。「二重行政の解消で経費を浮かす」を無理やり実行するとこのようなことになる。他のことでも、具体的につきつめると、同じようなことが起こる。大阪都構想で市の財源が府に吸い上げられるというのは間違いの無い事実だ。

  • 大阪府立の病院
    • 急性期・総合医療センター(大阪市)
    • 成人病センター(大阪市)
    • 呼吸器・アレルギー医療センター(羽曳野市)
    • 精神医療センター(枚方市)
    • 母子保健総合医療センター(和泉市)

  • 府立になってしまう市立の病院
    • 大阪市大付属病院
    • 十三市民病院 
    • 大阪市総合医療センター
    • 住吉市民病院

大阪都の破綻--民主主義は素晴らしい [政治]

大阪で大阪市解体の住民投票が行われ、大阪都構想の破綻が決定的になった。橋下は政界引退を表明し、松井もそれに続くかのようだ。橋下は、敗北の弁で「民主主義は素晴らしい」と言った。彼によれば、国の体制を揺るがすような大きな改革に挑戦して敗北しても命を取られる様なことはない、と現下の資本主義体制を賛美したものだ。何のことはない。道州制につながり、憲法改悪など安倍政権の意向に沿ったものなのだから、大阪都構想は体制を揺るがすようなものではない。多少道筋が違うだけの事だ。

しかし、今回の投票結果に、「民主主義は素晴らしい」という事を感じる点では、僕も共通する。

民主主義に対する批判は、衆愚政治に陥ることだといわれている。「決められない政治」とか、党利党略が優先するなどというのがその最たるものだ。賢いリーダーに権限を与えて、決められる政治を期待する向きもある。橋下の登場はこういったファシズム志向の表れである。

優秀なリーダー、名君による政治は効率が良い。しかし、こうした「リーダー」が、結局は大惨禍を生み出した歴史に学び、人類は王政や独裁を否定するようになったのである。馬鹿であろうと天才であろうと、金持ちであろうと貧乏であろうと、すべての人に一票を与える。大衆は、結局は正しい判断が出来るという信念が民主主義の根底にある。今回の投票結果はこの信念を強めるものであったと思う。

世論調査でも大阪都構想は、当初優勢であった。中身よりも、橋下人気がそれを支えていたのは明らかだ。世論調査で賛成が多かったころ、「5区への区分けを知っていますか」と言う質問に「知っている」と答えた人は少なかった。つまり中身を知らずに期待していたわけだ。それが、終盤になると「知っている」と答える人がだんだんと増えていき、それとともに反対が増えていった。中身がわかってくると反対が増えて行ったのだ。

「二重行政の解消で浮く金はわずかだ」「都にする経費が民政を圧迫する」「大阪市の税金が府に吸い取られる」こういった批判が出てきても維新はそれに対して具体的な論拠を挙げての反論を展開できなかった。「大阪都は素晴らしい」「橋下はエライ」を繰り返すばかりだったと言える。膨大な税金を使って大阪都構想を宣伝する説明会を繰り返したが、説明すれば説明するほど反対が増えて行った。終盤になって、維新の党は全国動員をかけて、宣伝を繰り広げた。しかし、批判に対する有効な反論はなく、「大阪都は素晴らしい」「橋下はエライ」の繰り返しばかりだった。

なぜ、そのような事になったのかと言えば、選挙ではいつもこのやり方で勝ってきたからだ。
短期間で、反論の機会も与えられない選挙では、知名度とイメージで勝負が決まる。じっくりと政策を議論することなどない。維新や自民党の議員で、選挙中に戦争法案賛成を前面に立てた候補は一人もいなかった。地球の裏側で自衛隊員を戦死させることに意義を見いだせるはずもない。もっぱら産業誘致とか新幹線駅をつくるとか、別の話題に終始していた。

こんなことで選挙民は簡単にごまかされるものだった。増税、軍拡、福祉後退と国民を愚弄するような政治を進める安倍政権が、選挙のたびに勝利していることも、民主主義への確信を強めるものではあり得なかった。果たして日本人は、まっとうな判断をできる賢い国民になれるのだろうか。

しかし、大阪都構想については、2年位にも渡って、議論が展開された。その結果、中身がどうなのかが染渡り、都構想の否定につながった。選挙機関が極端に短く、規制だらけの暗闇選挙では、大衆は目眩ましに会うが、じっくりと考えることが出来れば正しい判断が出来る。そのことを示したのが今回の投票の結果である。今回の投票は憲法改悪の予行演習だという意味合いもあったらしいが、憲法についても、じっくりと議論されれば、自民党草案などは、否定されるに違いない。民主主義はすばらしい。
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