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STAP論文は撤回すべきではない [サイエンス]

小保方晴子さんのSTAP論文に写真の使い回しやデーターの加工跡が見られて、論文を撤回するかという問題が生じている。共著者の間で意見が分かれているのだということだが、僕が共著者だったら、撤回はしないと思う。これが、発表前の議論であるならば、もちろんこの状態で発表すべきではないというのだが、発表後の撤回は、未発表とは異なる。

ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授は、刺激によって通常細胞が万能細胞に変わるというアイデアを提唱し、このアイデアがこの論文における彼の役割である。このアイデアが、根も葉もない空想でなく、実現された可能性があるというのが、彼にとっての論文の意義であるから、これには論文の中での実証が不十分であっても、変わりがない。もしここで、論文を撤回したら、アイデアを出さなかったことになる。すでにアイデアの中身は知れ渡っているのだから、未発表とは異なるのである。

論文というのは、完璧なものとは限らない。発表後、他者によって否定されるものもある。もちろん、ゆるぎない結果を示すことができれば、そのほうが当然価値が高いのだが、否定されたからと言って、論文の価値はゼロになるのではない。テーゼとアンチテーゼは学問発展の過程なのだ。まして、STAP論文はまだ誰にも否定されてはいない。

だからバカンティ教授の姿勢は全く正しい。ところが、他の共著者は平気で撤回を口にしている。論文に対する思い入れが全く感じられず、まるで第三者の審査員のような口調である。これらの共著者については、論文の中での役割が非常に不明確だ。「過去に小保方さんを指導したことがある」「小保方さんが世話になっている上司である」そんなことが共著者に値するものではないはずだ。

実際に、論文の中身に対して、どこまで一緒に考え、実験したのかは、定かではないが、もし共著者にふさわしい役割があったなら、もっと悩まなければならないはずだ。そう簡単に撤回などと言えるわけがない。共著とは連帯保証人と同じで、論文に対して全責任が伴うはずだ。とりわけ、若い研究者が血気にはやって結果を主張した場合、しっかりと検証することに、職を賭する覚悟が求められる。

この問題で、若い研究者の教育の問題が浮上しているなどと言われるが、もっと大きな問題は、自分で研究せずに、義理で共著者におさまって恥じることのない、ボス的研究者の問題だろう。予算獲得の手腕に優れているだけで、若手研究者をこき使い、上前だけをはねている輩が少なくないのが現実である。

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