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反核町長の敗北 [政治]

東北地震の影で目立たなかった統一地方選挙ではあるが、原発事故も起こり全国的には反核の機運が高まっていたはずだが高知県東洋町の反核町長である沢山保太郎氏が敗退した。

沢山氏は核廃棄物の処理場に使われようとした町で反核運動を繰り広げ、前回は70%の得票率で圧勝した。4年間にわたり、貧しい町の福祉レベルを格段に引き上げ、しかも財政を好転させた。

ところが町民は沢山氏の続投を選ばなかった。選挙では前回の半分といった惨敗を喫した。

沢山氏はこれを自分のブログで「反革命の嵐」と呼んでいる。福祉をばら撒きと揶揄され、逆に財政を悪化させたと宣伝された。利権を奪われた旧勢力の巻き返しにマスコミが加担して破れたと総括している。

しかし、そんなに旧勢力が強いなら、どうして前回は70%もの票が取れたかの説明が出来ない。旧勢力の巻き返しもその手口も何等新しいものはなく、革新単独首長ではいつものことだ。前回の選挙の勝利要因になったのは、補助金に目がくらんだ町長が「勝手に」核廃棄物の処理場に立候補したことに対する反発だ。

町の財政が良くなっているか悪くなっているかもよくわからない人たちだ。難しい核廃棄物の話が簡単にに理解できるはずもない。良し悪しを検討するには十分な時間が必要だろう。しかし、「勝手に」やったと言うことは十分怒りを買うに値する。

人間は、自分の記憶力が低いと認め、知識が足りないことも認める。しかし判断力だけは人間のプライドとして自信を持たざるを得ない。まあ、これが民主主義の原理でも有る。住民に良かれと思ったことであろうと「勝手に」やったことは許せない。

4年前の選挙を沢山氏は誤解した。住民の多くが沢山氏の反核政策を理解し支持したのだと。そして4年間町長として出きる限りの善政を行った。アイデアを出し、議会に潰されながら断固としてこれを進めた。しかし、良いことであっても押し付けたのでは「勝手に」やったことに変わりはない。

中核派育ちの沢山氏には、理解してもらい協力する努力の姿勢がなかった。粘り強く説得し、町民を参加させて共に町を変えていく必要があったのだ。一緒に努力する人が多ければ、財政の状態も目の当たりにしてデマも威力をもたない。勝ち取ったものはばら撒きにならない。ところが沢山氏は独自に突っ走るだけだった。

取り込むべき後援会の保守系支持者とも離れたし、やらずとも良い社民党の応援をして共産党系とも溝を作った。政治は良いことをすれば認められるような単純なものではない。それだったらとっくに日本は変わっている。

東洋町は惜しい町長を失った。再起を期して4年間戦略を練り直して欲しい。

--------つづき--------

沢山氏の町長時代の失策は多々ある。学校の理科教材の選択などという細かいことに口出しして、意地を張ったりしたのは大人気ない。対立を作り出すばかりだったが、まあ主張は理の通ったものではあった。最大の失策はホテル問題だろう。青少年旅行村の施設を町営ホテルにしようとして、強い反対を受けた。どうせ赤字でお荷物になるばかりだと言うのが大概の判断だったが、沢山町長は無理やり押し通し、リボルト社なるものを立ち上げて民営で、町の資金を投資した。悪名高い第3セクター方式に手を染めてしまったのだ。

リボルト社が赤字なら、議員たちの判断が正しかったことになるが、現在のところなんとか黒字になっていて、沢山氏の主張が正しいとしているが、逆に黒字があるなら、沢山氏が社長に就任したことは私腹を肥やす行為になる。第3セクター方式とは本来そういったインチキなものなのだ。実のところ沢山氏本人が長時間10万円の安月給で働いて黒字化させているのが現実だから、私腹を肥やしてはいないけれども、労働者を酷使しなければ成り立たない事業であり町が手を染めるに値しないことは明白だ。

革新系町長はとてつもなく身ぎれいにすることが要求される。こんなことをすれば「無駄使い」と「私腹を肥やした」の矛盾する両方の悪罵が振りまかれるのは常識だろう。それもわからず、新聞に食って掛かったり、ファシストに反核を期待する発言をしたりでは、次回の町長選挙も見込みが無い。もう少し学んで欲しい。
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