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工業国が身を削って農業を支えなければならない理由 [社会]

日本の農業は死にかかっている。米価がまた下がり農業は採算がとれなくなっているのだ。野菜にしても、農家は時給換算すれば300円くらいしかならない。産業としての農業はもはや瀕死となっている。

これに対して民主党政府は何も打つ手をもっていない。農産物の輸入に関しても10%の農家のために90%の国民が犠牲を払うことはないなどと言う大臣すらいる。日本は工業国として生きて行くのだから、農業はいい加減あきらめた方がいいと考えている人は多い。

反論として国防的見地を持ち出すアナクロな人もいる。兵糧攻めに弱い国では戦えないという言い分も、各国と仲良くして工業製品を買ってもらっている現実の前には説得力があまり無い。食料は輸入すればよい。それが国際分業なのだと言われれば、その通りだからだ。

日本に工業が存在する理由を考えてみよう。工業材料はほとんどなく輸入しなければならないし、輸出に便利な位置にあるわけでもない。工業が日本を拠点とする理由は人材にある。良質の労働力、優れた人材があるが為だけで日本の工業は発達してきた。天才は少ないが、一応のことが出来る人間が大量にいる。これが日本の強みだった。

この人材の供給のもとになるのが農業だ。日本には全国各地に発達した農業があり、それに支えられた大きな人口がどこにもあり、これが工業人材の供給元になった。農業がしっかりしていれば地方の商業も活況しめすことができる。生活のために都会に出て行き工業に従事する必要はない。まともな旦那衆は地方に根ざして伝統を守って活躍した。百姓のせがれが学問などして何になる。しっかり働けと胸を張って言い切った。

だから、一種のはみ出し者ではあるが、安定した地方での暮らしに飽き足らない意欲をもった者だけが、中央の大学に進学したり、工場労働者となって生産に従事した。結果的にエンジニアや、国際セールルマンを生み出し日本の工業化を支えた。どこの大学でも成績優秀者は地方出身の田舎者だった。地方の文化で育てられ、異文化に晒される鍛え方をされることになった若者の強みが発揮されたのだ。思い切って大志に挑戦し、敗れれば国に帰るという選択肢も彼らにはあった。

農業がしっかりしておれば、地方に人口が張り付き、人材の供給が途絶えることはない。農業が疲弊し、地方が人材の供給能力を失ったとき、日本の工業も同時に衰退していく。それはもう進行していると言っても良い。東大など中央の良い大学に進学する地方出身者の激減が10年前頃から始まっている。大学生は都会の洗練された賢さを身に付け、逆に言えば田舎的なゴツゴツした力強さがない若者ばかりになってしまった。小子化から人口の減少にはいり、地方ではそれが激しく過疎化も進行している。もはや農村は人材の供給源になれない。

まだ地方から上京する学生減ったわけではないが、地方では就職が無くて都会に流れたにすぎない。思い切って大きな挑戦をして、敗れたら帰ることの出来る故郷は彼らにはない。こじんまりと生きていくことだけが目標となる。そのような人材供給も、そのうち枯渇する。農業が崩れれば地方に人口が分布する理由がないからだ。農業は食料と自然を供給するだけではない。人材も結局農業を起点としている。このバランスが崩れたらもはや社会は崩れるほか無い。かつて文化の中心であったが、近年の生産が目覚しくないヨーロッパの国々が、今なお高い生活水準を維持しているのは農業と工業のバランスをうまく取っているからに他ならない。

極端な奇形である工業だけの国は長続きしない。日本の末路を避けるためには何とかして農業を再生し、人口基盤を作らねばならない。工業国が身を削ってでも農業を再生させなければならない理由がここにある。

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