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日本奥地紀行 [旅行]

日本奥地紀行」は1878年(明治11年)に日本の「奥地」を旅行した英国婦人イザベラ・バードの旅行記である。明治以後とはいえ、まだ「奥地」ではちょんまげが残る時代であり、西洋文明に触れる前の日本が克明に記述されている。ここで言う「奥地」とは当時の西洋人の多くが横浜や東京がある太平洋岸から離れないに対して、本当の日本の姿を見るために奥地に行かねばならないとした、北関東、東北、北陸のことである。

現代の日本人はは明治初期の日本について、映画や小説である程度理解しているつもりになっているが、実はそれは後世に希望的に作られた偶像であることが多い。当時の記録はもちろん豊富であり、ことさらこの紀行に頼らなくても良いのだが、日本人の書いたものは、当時当たり前だったことはことさら書いてないと言う欠陥がある。しかし、外国人の目から見た場合、すべてが新鮮で特異なこととして記述されているのだ。

例えば、当時の女性の服装だ。どのような映画でも和服でしゃなりしゃなりと歩く姿になっているのだが、実際は豊かでない人たちは多く着物らしい着物を持っていなかった。腰巻一つで乳房を放り出して表を歩いている女性は珍しくなかった。既婚女性は全て、眉を剃り、お歯黒で歯を真っ黒に染めた奇怪な姿をしていた。年よりかなり老けて見えたようだ。着物は全く労働に適していないので、働く人々は殆ど褌一丁の裸だった。もちろん子どもたちは裸が多い。つまり、アフリカやオセアニアの原住民に抱いているイメージとそう遠くないのだ。

130年がどのように世の中を変えたかは驚くべきものがある。この先100年、またとんでもない変化があるのだろう。昔が、今の想像を超えた状態であることは、未来もさらに想像を超えた状態だということだ。

--------------------- 追記 -----------------------------
イザベラバードは「朝鮮奥地紀行」も書いており、一部には日本を誉めて朝鮮を酷評していると受け止められている。しかし、朝鮮が嫌いでもないし、決して日本をすべて褒め称えているわけではない。日本の福島地方の記述を引用しておこう。

『この地方の村落の汚さは最低のどん底に達しているという感じを受ける。鶏や犬、馬や人間が焚火の煙で黒くなった小屋の中に一緒に住んでいる。堆肥の山からは水が流れて井戸に入っていた。幼い男子は何も着ていなかった。大人でも男はマロだけしか身につけておらず、女子は腰まで肌を晒しており、着ている物と言えば、たいそう汚れたもので、ただ習慣で身にまとっているにすぎない。大人は虫に刺されたための炎症で、子どもたちは皮膚病で、身体中がただれている。彼らはあぐらをかいたり、しゃがみこんだりしているので、野蛮人と少しも変わらないように見える。彼らの風采や、彼らの生活習慣に慎みの欠けていることは実にぞっとするほどである。慎みに欠けているといえば、私がかつて一緒に暮らした数種の野蛮人と比較しても非常に見劣りがする。』


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